[26] 遭遇

「ここからは全部わしの推測だ。教会による独自調査の情報とわし自身による分析を組み合わせた結果にすぎない。当たっているかもしれない、外れているかもしれない。それについて何の保証もするつもりはない。ただわしはその推測に従って行動している。王国の連中は彼らのことが邪魔になった。あまりにも好き勝手やりすぎたんだ。だから切り捨てた。確かに実際に手を下したのは魔物たちだろうが、そこに追いやったのは、死地へと誘導したのは間違いなく王国側だ」


 ちょいと催したので便所を借りる。裏庭。教会の中でも日の当たりにくい部分にそれは設置されていた。

 回廊を歩く。中心に近づくにつれ徐々に日が差し込むようになる。暖かな日差し。目を細めた。10歩ほど離れたところに1つの人影が空を眺める。逆光のせいでその姿ははっきりしない。

「ひさしぶりね」

 影は言った。聞き覚えのある声。けれどもそれが誰なんだかすぐには思い出せなかった。


 黒い長髪が風にさらさらと流れる。その女はゆっくりと振り返った。深い紺に染められたワンピース。シンプルな装いながら、シンプルな装いだからこそ、彼女のどこか清浄で神秘的な雰囲気を際立たせる。

 クラスメイトの木村さんがそこに立っていた。

「なんで私がこんなところにいるかわからないって顔ね。私、今は聖女って呼ばれてるのよ。具体的にどうしてそうなったかというと、私の思惑通りに部分もあれば、そうでない部分もあって――ともかくわりと現状には満足してるってところね」


 篠崎はその時、自分がどんなことをしゃべったのか思い出せない。何かその場にふさわしい返事をしたことは確かだ。まさか木村さんが一方的に話していた、なんてことはありえない。

 ありえたとすればその場の出来事が全部まぼろしだったという方が可能性が高い。教会にはたくさんの人がいるはずなのにそこにはたった2人だけで誰もその遭遇を証明できるものはいなかった。

 たいして長くはない時間だったと思う。それがあまりに長時間に及んでいたとすれば、栗木だか佐原だかが迎えに来たはずだ。迎えに来ずとも戻った時に遅かっただのなんだの言われたに違いない。彼らはまったくそんな素振りは見せなかった。


 途切れ途切れに残っているうちの最後の記憶。すれ違って通り過ぎていく木村さんの姿。目の端でゆらゆらと青のスカートが揺れていた。

「私たちはいったいどこから来て、どこへ行くのかしら」

 そのつぶやきは篠崎に向けられたものではなかったのかもしれない。あまりにかすかで正確に聞き取ることすらできなかった。大半は勝手に篠崎が補完したものにすぎない。

 この遭遇について篠崎は栗木にも佐原にも話すことをしなかった。脆弱な記憶で簡単に壊れてしまいそうだったから。


「わしも王国とはまた別の権力機構に属する人間だ。特定の情報を与えることでお前らを操作しようとしていることも考えられる。もちろんこうして正直に打ち明けることも含めて、だ。完全な誘導ができなくともある程度自分たちに有利なように導くことは不可能じゃない。人間は与えられた情報から全く自由に思考できたりしないんだ。お前たちの価値はお前たちが思っているよりも高い。日々その値段をつりあげている。利用されたくなければ注意しろ。利用されるにしてもその相手に十分に選べ」


 追い出されるように教会を出ていく。とっくに太陽はてっぺんに上っていて、遠出の疲労もまだ残っていたから、その日の残り半分はじっくり休養に充てることになった。

 次の日から再び森に入る。3人の間に会話は少ない。それぞれがそれぞれの方法にのっとって筋道を立てて考えている。これから自分たちはどう生きていくのかについて。

 経験は連続している。記憶の中から手がかりを探そうとする時、あちらこちらの境はない。時には平凡な論理にしたがって、時には理由のない飛躍を交えながら、1つの地点に収束していく。


 少ない言葉を介してそれぞれの意志をすりあわせる。

 実のところ3人はこのまま3人で協力するという条件付きではあったがこの世界で平穏無事に過ごすための基盤を整えつつあった。状況が軌道にのりかけていたとも言っていい。

 けれども個々の力はまだまだ半端なものでばらばらに分かれたとしたら生活を成り立たせるのの相当な時間がかかるはずだった。そのリスクを負ったうえで意志を通すという選択肢もあるが。


 だいたい1週間たった日のことだ。1日の仕事を終えて森を出て小屋へと戻ってくる。無言。腰を下ろしそれぞれ締めの作業を行う。口火を切ったのは栗木だった。その言葉は非常に単純で、ただし他の2人は十分にその意味が伝わった。

「街を出よう」

「ああ」篠崎もまた明瞭な言葉を返した。

 対して佐原はそれらを受けて、不可逆の地点を越えるために、ゆっくりとけれど着実に「僕たちは自分の足で出向いて行って自分の目で確かめられるものを確かめよう」と言った。

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