[27] 挨拶
今度の旅は前の旅と同じようにはいかない。
だいたいの目的と向かう場所は決まっていたが、それはあくまでだいたいであったから、どの程度の期間、街を離れることになるのかわからなかった。ただ3人の予想ではまったく何の障害もなしにすんなりことが運んだとしても1か月はかかるものと思われた。
だからいろいろと準備が必要だった。それは単純にものを用意するということでもあったが、それ以上にこの街でできた、できつつあった人との関係にきちんと区切りをつけておくこと、つまりは挨拶まわりをしておかなくてはいけなかった。
手近なところから片付ける。昼前、手のすいた下宿のばあさんに長期にわたって街を離れること、そのため下宿をやめることを伝えた。
「わかってるとは思うが私は城とつながってる。それを理解した上で次の質問に答えな。あんたら魔王を倒しに行く気かね」
ばあさんと城とのつながり、それからそのような質問をされることは織り込み済みだったので、佐原が代表して答えた。
「今のところ魔王を倒しに行く予定はありません。正直なところ僕たちはあまり強くない。魔王がどの程度の力量かわかりませんが到底かなう相手ではないでしょう。今回の旅はこの世界について知ること、見聞を広めることが目的です」
「そうかいそうかい。せいぜい気をつけるこった」
それきりでばあさんは仕事に戻っていった。
次は森で狩ってきた肉をおろしてる肉屋で、そこの主人とは食堂でよく会う仲だ。栗木は干し肉の作り方についてよく語り合っていて、本気でそっちの道に進もうとしているのかと篠崎が危惧するほどだった。
「おっちゃん、すまん! 街離れることになったから当分肉おろせんくなったわ」
「まじか。そいつは困ったな。お前らの獲ってくる肉はなかなか処理が上手くて助かってたんだが」
「つってもサクさんにはまだまだかかなわんだろ」
「そりゃそうだ。あいつは別格だよ。まあいい、帰ってきたらまた頼んだ」
「おう、こっちこそ帰ってくるようならそんときはまた取引頼みます」
あっさりと話はすんだ。
最後はゾキエフだがわざわざ教会を訪ねてくほどではなかったので夜を待った。夜を待てばどうせ向こうから食堂にやってくるからその時に話をしておけばいい。日ののぼっている間に他のこまごまとした用事をすませておく。
考えた末に今回は城から大型武器を持ち出すのはやめた。必要になる場面はあるだろうがなんにしろ長旅が予想される。そんな重たいものを持ち運ぶような余裕はないという判断だ。森に入る時に携えてる長短2本で間に合わせよう。
「わかった、お前さんらが納得するまで世界を回ってきな」
話を聞いてゾキエフはこともなげにさらりとそう言った。あとはもういつも通りでちまちま酒を飲みながらの夕食になる。出発前夜だからと言って何か特別なことをするわけでもない。強いて言えばまあ明日があるから適度に控えておこうとそのぐらいだ。
「サクから譲り受けたものはなんかあるのかい。具体的には答えなくていい、あるかないか教えてくれれば十分だ」
「あります」端的に佐原が答える。おそらく黒杖のことを考えているのだろう。
「そういうことなら都合がいい。譲り受けたそれが証になる。森の民を頼れ」
彼らには彼らなりの道があり、それは一般には知られていないものらしい。けれども彼らと彼らに認められたものにはそれを利用することが可能だという。
そのルートを利用する利点は主に2つ。
1つはショートカット。街道を使うのと比較して驚くほど短時間で移動できる、場合がある。常にそうとは限らない。
もう1つは隠密性。人の行き来の多い太い道とは違って誰がどこに向かっているんだか知られにくい。森の民はそうしてどこからか唐突に現れているように見せている。
「街道は整備されちゃいるが人々が注目してる分、関やら賊やら面倒なことがある。と言っても裏道に潜ってばかりでも勇者の痕跡はたどれまい。そこらへんはまあ適当にやれ」
村や町によってはそのぎりぎり周縁にここと同じように小屋が立っている。それはたいてい森の民が住んでいるから用があるなら訪ねてみるといい。
ついでに小屋のことが出てきたのでこれもまたサクから譲り受けた小屋でその管理はゾキエフに任せることになった。といっても篠崎らのように利用するわけじゃなくて、変な奴らが住みつかないよう定期的に見回ってくれるという、それだけで十分だった。
あとになって考えたことになるが、サクはそのあたりのことまで予測していたのだろうか。この答えははっきりよくわからないというところに落ち着く。
いやそもそもサクを紹介してきたのがゾキエフであって、すべてはその思惑通りだったのだろうか。これは多分違う。何か考えがあったとしてもそんなに緻密なものではなかったろう。
あるいは誰も彼もがそうなのかもしれない。100のうち40か30ぐらいしか読み切れてないけど、その中で自分の都合のいいように周囲を操る。それでもってそれなりの成果を得る。
目の粗い戦略の中で泳がされている感覚。その中で自分の選択に基づくものもいくらかあってそれは大勢に影響を与えたり与えなかったりするのだろう。
根拠のないただの推測だけど。
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