[28] 規律
西川らの行状はひどいものだった。
恐らく彼らにはこの世界が現実だという認識がなかったのだろう。あるいはその実感に欠けていた。
まるで自分たち以外にはまともな人間はいないというような振る舞いだった。
もちろん彼らには彼らなりの言い分があるのかもしれない。
いきなり何の説明もなしにこの状況に投げ込まれたのだ。確かな感覚をもって生活を再構築するというのは結構難易度が高いことだろう。
そのうえで篠崎は、仮に王国が西川らを処分したのだとしたら、それは正しい行いだったと思った。
焚火を囲う。人里から離れて眠りたかった。森の中、火の扱いには細心の注意を払う。それももう慣れたものだが。燃えさしをつつく。闇夜の中で3人の顔をあかあかと炎が照らしていた。
「ルールってなんなんだろうな」
ぽつりと栗木はつぶやく。
「この世界に法というものがあったとしても、元の世界ほど厳密には守られていないだろうね」
佐原は栗木に賛成するのか反対するのか不明瞭な言葉を吐いた。
「たとえ警察のような組織がなくても守るべき規律は存在するんじゃないか」
篠崎はそれを口にして初めてかすかに不快な味が混じっていることに気づいた。
「ルールは俺たちの内側から生まれるものだ」
「時間や場所によって異なる。完全に内在するとは言えない」
「それでも普遍的な部分はある」
「人間の集団を放っておけばだいたい同じようなところに収束するはずだ」
「収束後が正しく収束前が間違っているとは言い切れない」
「状況によって決まりなんて変化するものだよ」
「元の世界でそれは厳格なものだった。それでも完全ではなかった」
「法を順守させるにはそれなりの力が必要だ」
「そうした力をもった存在を許している状態が健全なのか」
「しかし緩やかな環境では弱者は淘汰されるばかりだ」
「弱者は弱者だ。淘汰されたところで問題ない」
「だれだって最初は弱者だった。それを取り除けば何も残らなくなる」
「最後だって弱者になる」
「それは取り除いても構わないんじゃないか」
「形態が整ってない場合、それは智恵の消失を意味するよ」
「集団を長持ちさせるためには暴力に優れていない人間を保護する必要がある」
「そこから考えてけば似たような形に落ち着きそうだ」
「元の世界でそのルールって行き過ぎてなかったかな」
「暴力の価値が軽んじられていた。バランスが崩れていたかもしれない」
「多分、長くきまりに縛られてると暴力の持つ意味を忘れるんだろう」
「人間の集団は適切なルールを定めきれないということか」
「いやこうして暴力に頼って生活してる僕たちの方がずれてる可能性もあるよ」
「あるいはもっと長い時間がたてば感覚的にいいところに落ちつくとも考えられる」
「行ったり来たりしながらちょうどいいところを探してるというわけだな」
「仮説にすぎないけどね。まったくそんなことは起こらないかもしれない」
「とにかく俺たちの考えてるルールはそれほど確かなものじゃあない」
「だったらそんなもの守らなくても構わないって言うのか」
「それには同意しかねる。僕らの内部にはそれが強くあってあえて逆らう気になれない」
「なにか悪いことをしているという気分になるな。それはあまり心地いいものではないよ」
「そうだな。それはルールが適切かどうかとはまた別の問題だ」
「彼らではなくて僕らの方がおかしいのかもしれないね」
「なんだろう、強度の洗脳とでもいうのかな、そういうものをかけられているってことか」
「本来守るべきでもないルールを守らされている」
「たとえそうだとしても今さらそれを取り除くことってできないだろ」
「多分、苦痛を伴う」
「この世界の人たちは生きている。それを実感として知っている」
「同じ人間として生活をしている。なんでも好きなようにしていいとは考えられない」
「人々のために勇者として戦おうとも思えないけどな」
「それはまた関係のない話だしね。勇者なんて感覚持ち合わせてないし」
「何か上の人間だけ考えてることがずれてる感じはあるよ」
「その上の思惑に踊らされるのはまずい気がする」
「どちらかといえば上の方が何かに踊らされてるんじゃないか」
「大抵の人は勇者も魔王もなんら気にしてないしな」
「悪いイメージは広がってしまってるがね」
「当然の結果だろ。あんなに好き勝手やられたんだ嫌われて当たり前だ」
「僕らが何をしたわけでもないけど」
「そうだな。言う程勇者ってくくりで動いてたつもりなかったよな」
「そのことでどこかで得したのかもしれないし損したのかもしれない」
「正直その肩書はありがたくはない」
「いらないっつって捨てられるもんでもないが。いやでも付きあってくしかないだろうよ」
特別なことじゃないんだろう。ありふれた事例の1つにすぎない。
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