[29] 裁判
私たちは皆、人殺しの末だ。
殺したものと殺されたものがあった時、あとに残るのは殺した方だ。
生き残った者から次が生じてその血はつながっていく。
だからその罪を背負って悔い改めて生きろ、という話ではない。
私たちは被害者に感情移入する。
加害者側に余程近しいくせに。
文化というのは別段たいしたものではない。
見たくないものをなるべく見ないように遠ざけているだけの話だ。
人間はもとより醜悪でそこのところからほとんど進歩していない。
多分これからもさして変化することはないだろう。
なんてことない人たちはなんてことない理由で魔女として処刑されました。
人間に人間を裁くことはできない。
それぞれがそれぞれの論理を持っている。
たとえ一生をかけたとしても他者の論理を理解することはできないだろう。
私たちは不完全だ。
ずっと不完全なままで完全になることはありえない。
間に合わせのその場しのぎで生きていくしかないんだよ。
問1、そうした生き方をしていくことに何か意味があるんですか?
答1、ありません。状況に流されているだけです。
問2、そうした問いをたてることに何か意味があるんですか?
答2、ありません。堂々巡りをしているだけです。
問3、意味を探すことに何か意味があるんですか?
答3、ありません。どこにもないそれをがんばって探しつづけてください。
共同体に不和を持ち込むことが最大の罪だ。
少なくとも共同体はそう考えている。
共同体は共同体の外の人間を都合よければ取り込む。
都合の悪い時は線引きを適当に変える。
私たちは望む望まないにかかわらず共同体の内側で生まれる。
例外はある。
常に自分は内側だという気分で生きている。
利用されているだけなのに。
いったい誰が誰を利用しているというのだろうか?
時に人間の側でも都合よく行ったり来たりするものが現れる。
内だったり外だったりその境界線上だったり。
あまりに求心力が強すぎる。
はぐれた人間にまで彼らは規律を押しつけてくる。
私たちが考えていた以上に世界は狭かった。
共同体から飛び出した人間が暮らすための空間を用意することができなかった。
待ってくれ、スペースなんていくらでもあるじゃないか!
結局内側にこもってばかりではそれ以外の世界が見えてこないものだ。
殻を破ることはいつだって難しい。
私たちは自由でいい。
雑炊の話をしよう。
雑炊は汁たっぷりがいい。
つまるところあれのうまさは汁のうまさで決まるのだから。
ここは私たちの街だ。
あなたはいらない。
本当に不要なものであれば排除してしまって構わない。
けれども外縁において必要とされるならあまり粗略に扱ってはいけない。
高い高い高い塔のてっぺんから外を眺める。
どこからどこまで人は認識することができるのか。
私たちは本当に国という感覚を持ち合わせているのか。
どこかにそれは記述されている。
その記述を信頼することはできるのか。
だれも何も保証してはくれない。
鳥が1羽だけ低いところを飛んでいった。
きっとだれかがそれに名前をつけている。
赤い背中が灰色の空の中で鮮やかに見えた。
男は剣を持って立ち上がった。
共同体を打ち壊さなければならない。
人々はそれによって苦しめられている。
今こそ戦うべき時だ。
家の外へと飛び出した。
共同体とは何か?
何によってそれは構成されているのか?
人である。
男は歩いてきた隣人を斬り殺した。
相手がどれほど強大な存在であろうとひとつひとつ片付けていくしかない。
地味にやってくことだ。
一挙にすべてを解決してしまうようなマジカルな解決策など存在しない。
男は自分のやるべきことをシンプルにまとめた。
まっすぐ歩いていって人に出会ったらそれを殺せ。
幸いなことに、もしくは不幸なことに、どちらが正解だったのだろう?
そうした価値判断を抜かして事実だけ述べると男は強かった。
その単純すぎるプランをきちんと実行に移せるほどに。
男は歩いて歩いて歩いた。
歩けば人に出会うのは必然で、そして出会った以上、彼に斬り殺せないものはなかった。
それをひたすらにつづけていった先に結末は1つしか用意されていない。
全員死んだ。
最後に男は自らの首をはねた。
おしまい。
この話の教訓は何か。
そんなものはない。
時に私たちは不必要な言葉を吐く。
これは言わなくていいことだけれど――そんな前置きをつけるぐらいなら口を閉ざした方がましだ。
それ自体に何かの意図をこめたいのなら別だが。
そんな手法を始終使っているとすれば相当に面倒なやつだ。
でも多分その通りだ。
私たちは相当に面倒な生き方をしている。
思ってるよりもはるかに人生を複雑にしてしまった。
だれがそんなことをしたのか。
ぐるぐる回ってふりだしにまた戻ってきた。
答えはどこにも用意されていない。
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