[36] 推測

 篠崎らをこの世界に呼び出した召喚魔法とは何か?

 佐原のその問いかけに魔王はしばらく宙を睨んで、十分に考えてから彼なりの答えをおしえてくれた。


「言ってみれば君たちの存在の根幹だからね、気になるのも当然か。結論から言えばよくわからないよ。そもそも君たちのいう元の世界があるのか、あったとしても本当にそこに君たちの居場所はあるのか……」

 召喚された勇者は魔王を撃破することで元の世界に帰ることができる――それが篠崎らをこの世界に呼び出した人々がした説明のすべてだった。あまりに少なすぎる。

 元の世界、それは確かに篠崎の記憶の中にあった。そして同じ記憶を持っていることは級友たちとの会話によって確認できている。

 けれどもそれだけだ。それ以上の追及は難しい。篠崎はその世界が存在すると信じていたが、他者に対してそれを証明することはできなかった。


「ただ君たちと会って確信したことがひとつあって、僕と君たちの間に魔法的なつながりはない。ドゥギャリテはどう思う」

 魔王からいきなり話を振られた配下は顔の筋肉をまったく動かすことなしにそれにこたえた。

「同意見です。召喚勇者と魔王様の間に魔法的なつながりは確認できません。魔王様を殺害することによって彼らになんらかの魔法的効果が発生する可能性は低いでしょう。まあこれを我々が言ったところで信用できるかはわかりませんが」

 ドゥギャリテは皮肉気な笑みをあえて作ってみせる。


 そんな部下の言葉にならないメッセージを無視して魔王はさわやかな笑みを返した。

「それもそうだね。僕がそれを言ったところで殺されないために言っているように聞こえるかもしれない。魔法的つながりを読み取るにはある程度の技術と、それから対象の近くで観察することが必要だ。この場合は僕と召喚勇者の両方を同時にゆっくり時間をかけて調査できる環境が望ましい。君たちの魔法は戦闘に偏っている。そうした技術は現時点では身についてはいないようだね」


 篠崎は場に残された魔力の痕跡を辿ることができる。おそらく魔王の言っている技術とはその延長にあるのだろう。他人がかけた魔法の構成を読み取ってその意図するところを解釈することは可能かもしれない。

 だが彼らの言説を信じるとして、召喚勇者と魔王の間に魔法的なつながりはない、魔王を撃破したところで帰還は発動しない、とはどういうことなのだろうか?


 佐原はそれらを一旦飲み込んで彼なりに咀嚼した上でさらなる質問を投げかけた。

「そのつながりが見えないように偽装されているという可能性はないのでしょうか」

「もちろんあるよ。すでに失われた技術の中にそうしたものがあったかもしれない。ただ今回の場合、その偽装をほどこす理由がないように思える。少なくとも僕にはそれをする意味が思い当たらない。『魔王の撃破によって帰還が果たされる』、それは秘匿したい効果ではなくて、明瞭に示されている効果なのだから」


 その通りだ。魔王の説明は理にかなっているように思える。

 秘密の効果に関係するならそれは偽装されていてもおかしくない。だが明示された効果に関係する線をあえて隠匿する理由はない。むしろその効果を証明しようとしたとき不都合が生じてくる。

 実際に今もつながりが見えないせいでこうして効果が疑われている。


「素直に捉えるなら――」

 混乱しているのは篠崎ら召喚された勇者たちだけでなく、一方の当事者である魔王も自身を納得させるだけの論理を組み立てられてはいないようだった。探り探り、ひとつひとつ手がかりを積み上げていきながら、現時点で妥当性の高いと考えられる推論を彼は述べた。

「この魔法を構成したものはその後に興味がなかった。彼の関心は君たちを呼び出す時点で終わっていたんだよ。魔王を倒すために召喚を行うというのはただの方便で、召喚自体が発生すればそれでよかったんだ。まあそれでも意味はわかんないけどね」


 魔王は言葉を区切ると唐突にどこかで聞いたことにある詩を朗読した。

 ――黒い霧立ち込める沼地で、魔物の王は生まれいづる。だれもそれを止めることはできない。魔王の軍勢はすべてを飲み込む。世界は闇につつまれる。けれどもあきらめてはならない。どんなに濃い闇の中でも光は必ずさしてくる。彼方の世界より勇者は現れる。その光の名のもとに勇者は闇を切り裂き進む。正義の刃に魔王は倒れ伏し、世界から暗黒は振り払われる。

 それはかつて僧侶のゾキエフが一杯機嫌で歌ったのとまったく同じものだった。古い古い古い伝承。


「かつて偉大な魔法使いがいた。魔法の基礎はほとんどその男が作り上げたと言っていい。未だに彼を超える魔法使いは現れていない。僕もまだまだその境地には達していないかな。彼の名前はシュリンカー、もう1000年も前の話だ。彼がこの予言とそれから召喚魔法を遺した」

 魔王と呼ばれた青年は形のいい眉を寄せて、困った顔をしながら笑って言った。

「いったい何が目的だったんだろうね?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る