[35] 決意

「俺は大山田のことを助けてやりたいと思う。あいつはずっと1人で戦ってきた。この世界に投げ出されてからずっとだ。あの時、俺はただ見ていることしかできなかった。そして終わった後になってもそれを忘れて生きていた。戦争だとかそんな大げさなことは実感としてわからない。だから自分の感覚として理解することのできるものを優先したい。別に頼まれたわけじゃない。俺が俺の意志であいつに力を貸したいと思ってる。例えその結果だれと対立することになったとしても。あるいはそれが現実として現れたとなればためらうこともあるかもしれない。今のところはそれを押さえつけてなんとかがんばるつもりだよ。目的がなかった。多分俺はそれを探しつづけていたんだろう。やっと見つけられた気がするんだ。この世界で、この場所で、自分のやるべきことを」


 大山田はもとより孤独な男だった。

 その風貌からして異様。制服に収まりきらない巨体はクラスからはみ出していた。

 性格も直情径行。自らを抑え込むところがほとんどない。そのあふれ出したところが暴力であれば人の遠ざかるは必然と言えた。

 そんな中、唯一付き合いのあったのが栗木で、そのついでに篠崎と佐原も大山田と言葉を交わすことがあった。2人にとって大山田は友達の友達で、栗木にとっては友達だった。

 なぜ栗木は大山田と距離を縮めることができたのだろうか?

 篠崎にはよくわからない。ただ栗木の適度に物事を考えない性質は付き合うのに楽だと思っていた。おそらくそのあたりが関係していたのだろう。


 説得は無意味。そもそも篠崎は自分たちが正しいという理すら持たない。

 栗木もそれは同じだった。彼は自分の決意を述べたにすぎず決して2人を同じ道に誘おうとしているわけではなかった。

 それぞれの前途を祝福するように3人は静かに杯を重ねた。


 翌朝、昨日と同じ応接間に篠崎、佐原、栗木、大山田、魔王、ドゥキャリテと昨日と同じ面子が並ぶ。

 栗木がその場で「残る」とはっきり宣言したところ、魔王は「歓迎するよ」とあっさりそれを認めた。

 大山田は喜んでいるようだったがドゥギャリテの表情は読めなかった。不定形な存在である彼には本来表情というものがないのかもしれなかった。こちらに何かを伝えるためにあえて作ることはあったとしても。


「それで君たちはどうするつもりなんだい?」

 魔王は篠崎と佐原に質問を投げかけてきた。

 その質問に答えなければならない理由はなかったが、もしかすると手がかりを得られるかもしれないと期待して、つまりは打算的に考えてその質問に篠崎は答えることにした。


「王国でも魔王領でもない第三勢力――森の民に接触しようと考えています」

「なるほどなるほど。そう来たか。おもしろいね。方法は何か考えてるの」

「いえまったくなにも。とりあえず森を歩いて小屋があったら訪ねてみようかなってぐらいです」

 自分たちがサクから譲り受けたのと同じような小屋だ。そうした小屋は森の民によって管理されている可能性が高い。でなくともその管理人から辿って行けば森の民と接触できるだろう。

 ふと思い出す。篠崎らが預かったあの小屋はゾキエフに任せるままになってしまった。

 ただサクは別段あの建築物に強いこだわりをもっていたわけではない。あればよし、なくともまた作ればよし、そんな程度のこだわりだ。このまま放り出してしまっても思うところはないだろう。


 魔王はうーんとひとしきりうなってから、ポンと軽く手を叩いた。

「ドゥギャリテ、頼みがあるんだが」

「なんでしょう?」

「彼らを森の民の里に案内してやってくれ」

 想定していなかったところに直接つながる手がかりがあった。都合がよすぎるとも思ったし、なぜ彼はここまで親切にしてくれるのかとも思った。

 まあ自分らにとっていい流れならば、それにのってしまっても構うまい。ドゥギャリテは何も言わずに目を閉じると、その命令あるいは依頼を受け入れた。


 その日の午前のうちに準備を整え館を旅立つ。よく晴れている日、日差しが木々に遮られているせいで暑くはない。

 ここから森の民の隠れ里までだいたい3日ほどかかるという。案内がなければ絶対にたどりつくことはできないらしい。

 栗木、大山田、魔王が見送り、篠崎、佐原、ドゥギャリテは見送られる。ここにやって来た時には想定してなかった状況だが、わりと物事が収まるところに収まったような感じがした。

 篠崎と佐原は魔王に向かって深く礼をする。ともにした時間はさほど長いものでもなかったが、いろいろな点で彼には深く感謝するところがあった。

 ついで栗木と大山田に目線を向ける。これが今生の別れとなるかもしれなかった。またもし出会うことがあったとしてもそれぞれがどのような立場にあるのか予想することもできなかった。

 それでも今は敵ではなくて笑って気分よく別れることができる。


「最後にひとつ聞きたいことがあります」

 佐原は不意にまっすぐに魔王に対すると言った。魔王はいつもの薄い笑みを浮かべながら頷く。

「僕に教えられる範囲内なら教えてあげよう」

「召喚魔法っていったいなんなんですか?」

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