[34] 相談

「これからどうする?」

 王国と魔王領との境界に広がる森。そのどこかにある(知らない森を歩き回って連れてこられたせいで正確な位置はわからない)魔王の館の一室にて、篠崎、佐原、栗木の3人は丸テーブルを中心に座っていた。

 半分わけのわからないまま、流れに身を任せているうちにここまでやってきた。やってきてしまった。


 記憶をたどる。気づけばこの世界に投げ出されていた。

 知らない城の中で魔王を倒せばもとの世界に戻れると告げられる。ろくに説明もしないまま彼らは去っていった。信用できない。

 だからまずは力をつけようと兵士たちとともに訓練を受けた。それなりの力を得たら今度は自立すべく城を飛び出して、手に職をつけるべく狩猟を学んだ。

 そこそこ生活がまわりはじめた感触が得られたころ、同じように召喚されたクラスメイトが死んだと伝えられた。その足跡を追って旅をしていった終着点にて魔王の配下ドゥギャリテにこの館へと連行された。


 魔王と出会った。それから居場所のわからなかった級友と再会することもできた。

 会談の場において魔王は言った。「近いうちに戦争がはじまるよ」

 考えてもみなかったことに衝撃を受けた。世界は自分に都合のいいように動くとなんとなく思い込んでいた。

 ――まったく愚かなことだ。


 ショックを受けていることを察したのか、魔王は悲しそうに笑った。

「何もわからない状況に放り出されて勝手な使命まで与えられるなんてふざけた話だよね」

 おそらく彼の言動は同情によるものなのだろうと察せられた。

「僕は君たちに何かを強制するつもりはない。君たちの好きにするがいいさ」

 その後ろでドゥギャリテがものすごく渋い顔をしていたけれど。


「戦争が起きるという彼の発言を僕は信用してもいいと思う。それがいつどの程度のものになるかはわからない。けれどもここに来るまでに見た村々にもどこか不穏な空気が漂っていた」

 ワインの表面をなめるように口に含みながら佐原は言った。

 結局その日は魔王の館に泊ることになった。ついでにワインを1本差し入れされて。酒でも飲みながら存分に相談しろという計らいなんだろうか。


「それについては俺も異論はない。衝突は避けられない。そして多分このまま王国に帰ったとすれば俺たちはそれに否応なしに巻き込まれていくことになるだろうな」

 今になって振り返ればその通りだった。ずっとそれを見ないふりをしていただけだった。

 そこまで長い期間ではなかったが王国には付き合ってきた人たちがいる。戦場に赴くかどうかはさておき彼らもその状況に関わらざるを得ないだろう。

 想像しただけで口の中に苦い味が広がる。それをワインで流し込む。口当たりがいい上等なワインだ。こいつのおかげで口が回りやすくなっている部分はある。


「現在僕たちは王国側から見れば消息を絶った状態だ。魔王領に接近したあげく境界領域にて配下に連行された。例え監視がついていたとしてもここまで追えていないんじゃないかな、多分おそらく」

「案外向こう側では勇者たちが再び魔王に挑んだが一歩及ばずむなしく散っていった、なんて話にしようとしてるところかもな。ご丁寧に吟遊詩人に触れて回らせるための歌を企画してる段階か」

「さすがに気が早い。まあ魔王を倒してくるなんて思っていないのは確かだろうけど。力量が違いすぎる、王国だってそのくらいはわかってるはず」

 篠崎は佐原の意見に賛成する。実際に会ってみて個としてとてもかなわないと認識させられた。

 召喚された勇者は能力が上昇しやすいと言われている。自分たちについてもその実感はある。その成長速度を加味したところで10年たっても魔王に追いつける気はしなかった。


 どうするべきか?

 明確な方針は定まらない。マイナス材料だけを積み上げていってる。ただただ気持ちが沈んでいくばかり。そのまま首をつってしまわないでいられるのも案外いい酒の功徳なのかもしれない。

「逆に考えれば今はチャンスだと思う」

 不意に佐原はぐっとワインを飲み干してそう言った。


「どういう意味だ?」

「王国は僕らの足取りを見失っている。このまま見失いつづければ死んだものとして扱うだろう。いなくなったと思われている人間ほど自由に動けるものはないよ」

 なるほど、その通りだ。

 王国内にいた間、ずっとその視線は感じていた。息苦しくはなかったし、むしろ安心するところすらあった。

 それをこちらの意図していない形ではあるが切ることができたわけだ。考えようによっては現状の利点として数えることができる。


「僕はこの世界についてもっと深く知りたい。召喚魔法とはなんなのか、それで呼び出された僕らはどのような存在なのか」

 今の状況に陥った根本的な原因を探る機会を与えられているのかもしれない。その答えを求めようとしたって王国の内側にいてはどうしても偏った答えにしか行きつくことができない気がする。

「そのためには王国とも魔王領とも違う第三の勢力に接触する必要がある。全体にネットワークを広げている勢力。ひとつだけ心当たりがあるだろう?」


 最初に篠崎は教会のことが思い浮かんだ。

 けれども違う。教会は魔王とはっきり対立している。王国と完全に思惑を同じにしているわけではないが、協力関係にある。それでは第三勢力とは言えない。

 他に何かと考えいたところすぐに思い当たった。それが存在することはわかっている。ただしどこにあってどう接触すればいいのか見当がつかないという大問題にぶちあたることになるが。


 その時になってじっと黙っていた栗木が初めて口を開いた。

 彼の言葉は決然としたもので、だれかに何かの意見を求めている風は一切なくて、ただただ覆しようのない彼自身のこれから先の行動を他者に示すものだった。

「俺はここに残る」

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