[39] 転換

「聖域は広大だ。その長い境すべてに人員が配置されているわけではない。故に侵入すること自体は難しくないだろう。戦争の混乱に乗じればより易しいはずだ。問題はその後に待つ。確かにそこは名目上は教会の土地である。だがしかし管理とは名ばかりで教会は聖域を放置している。自然のままにまかせている。つまりはそこには何がいるかわからないということだ。この森に巣くうよりはるかに強靭で凶悪な生物がうろついている、かもしれない。運だけを頼りにその場所を目指すのはあまりに愚かだ」


 まったくその通りだった。

 つけくわえるなら、篠崎たちには王国と魔王領の境にあるこの森から抜け出すことも困難極まる状況だ。3人そろってた時でさえおそらく不可能だった。そこから栗木が抜けてバランスも崩れて、その不可能はどうしようもないくらい決定的なものになっていた。

 この森の民の里までやってこられたのもドゥギャリテの導きがあったからで、それがなければどうしようもないくらいあっさり死んでいたに違いない。もとはと言えば彼が現れて自分たちを魔王の館に引っ張っていったせいで適正でない場所で戦っていることになっているのだから、感謝することではないかもしれないが。


「お前たちは我らに類する者だ。ここで存分に鍛え直すがいい」

 その言葉を口にするなり、長老は森の景色に溶け込むみたいに眠りについた。

 篠崎と佐原は顔を見合わせると同時に肩をすくめた。どうやら他の選択肢はないようだった。といって残った唯一の選択肢がどうしようもないほどに最悪だということでもない。どちらかと言えば好ましいぐらいだ。ただ自分とは関係ない意志に介入された末にたどりついたのが気に入らないだけで。

 こうして篠崎と佐原の2人は森の民の里にて修行を開始したのだが、それを子細に追ったところで別段おもしろくもないので、話を別のところに移す。


   ◆


 王国は篠崎、佐原、栗木の死を大々的に発表した。

 彼らは魔王に挑んだがあと一歩のところで力及ばず、その肉体は欠片も残らないほど徹底的に破壊された。王は異世界から来た勇敢なるものたちの死を悼んでいる。彼らの意志を継ぐためにも必ずや魔王を打ち倒さなければならない。

 ――との声明を王国は公式に出した。教会もまたその声明を追うように、3人の勇者の死に哀悼の意を表すとともに、光の力が増大している今こそ闇を討つべき好機だと、聖女のお言葉をふれてまわった。

 3人のことを知っていた人たちは、あの3人がすすんで魔王に挑んだのか、どうもそういう感じじゃなかったけどなあ、と思ったものの、まあ召喚勇者の考えてることはよくわかんないしなあ、あの3人だって森をうろうろしててちょっと変わった連中だったし、と深く考えるのはやめた。

 3人のことを知らない人たちは、いいことも悪いことも特にやっていない、自分たちとかかわりのない、地味な勇者の死について、彼らを数字の上だけでとらえて、これで合計7人の勇者が死んだわけで王国は本当に大丈夫なんだろうか、王は勇ましいことを言っているが実際の戦況は押されているのではないか、と不安に思った。


 藤木純はあまり活動的な性格ではない。突然、異世界に放り出されたところでその性質は変わらなかった。

 彼自身はその変わらなかった理由を、クラス単位で転移されたからではないかと考えた。自分に近い社会ごとそっくりそのまま移動してきたのだ、となればその集団の中における自分も同じように保存されてしかるべきだ。変わらない方が自然と言える。

 もちろんこれを契機と別の生き方を選んだものたちもいたが。まあそれも〇〇デビューと似たようなものだろう。どちらがいい、どちらが悪いというような話ではない。

 城の外へと飛び出していくクラスメイトが多い中、彼は王城の書庫に引きこもってひたすら本を読みつづけた。そうした生活を送っていくうちに、彼は情報処理に特化した魔法に秀でるようになり、自然と王国中枢へと近づいていった。

 それは成り行きに任せた部分もあれば、彼自身が望んでそうなった部分もあった。


 夜中、王城内に与えられた自室にて、情報を整理していたところ来客あり。

 相田がふらりと現れた。召喚前は剣道部に所属していた男。それだけに武器の扱いになれるのが早くその方向でめきめきと頭角を現していった。けれども彼は外に出ることを好まず、ひたすら城内で己を鍛えつづけた。噂によれば彼の強さはすでに筆頭騎士と肩を並べるほどだという。真偽は定かではない。


 相田は『飲もう』というようにワインを掲げてみせる。藤木はそれに頷くとコップを2つテーブルの上に取り出した。

 彼ら2人はもともと仲がよかったわけではない。といって仲が悪かったわけでもない。関係が薄かっただけだ。言葉を交わしたことなど数えるほどしかなかった。

 時間の経過とともに王城に残ったクラスメイトは少なくなっていった。そんな中で文武違えど、王城内で注目されるようになった2人の少年が接近していくことは不自然なことではなかった。


 藤木はワインに口をつける。古ぼけたやつでたいして味はよくない。

 けれども相田がこれを持ってきたのは、ただ口の滑りをよくするためだけであって、味は二の次だったのだろう。何について話したいのかだいたいのところ察しがついていた。

 ついていたが何も言わずにただ無言で杯を重ねた。ビンがほとんど空になったところでようやく、相田はぽつりと言葉を漏らした。

「王国は嘘をついている」

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