[40] 暗闇

 ぎくりとするような相田の言葉を藤木はさらりと受け流す。

 会話を始める前に音声遮断はかけてあった。この部屋から外に情報の漏れ出るおそれはない。

「旅に出る前日だ。栗木の方から俺を訪ねてきた。西川たちがどうなったのか、足跡を追うつもりだとあいつは言った。確かにその過程をたどっていけば魔王領に接近することはありえる。だがあいつらがわざわざ魔王に挑むなんてそんなこと考えるわけがないんだ」


 相田の喋らせるがままに任せる。彼は自分のうちにたまったものを誰かに吐き出したかっただけで、意見を求めているわけではないだろうから。実際のところ意見を求められていたならば藤木は相田に同意していたが。

 王国が嘘をついていると藤木もまた考えていた。ただしそれは相田のような願望を含んだ観測ではなく、3人の死んでいないことを彼ははっきりと確信していた。


 藤木のもとにも出発前に佐原が訪れていた。彼らの旅の目的は栗木が相田に語ったのと同じく先行した西川らに関する調査だった。

 そうして藤木もまた王城にいながら、佐原らが西川らを追跡したように、佐原らを追跡した。その痕跡は王国と魔王領の境界域にて途絶えた。

 おそらく3人は魔王領内に滞在している。それが自発的な意志によるものなのか、何者かの強制によるものなのか、そこまではさすがにわからないが。


 なぜ王国は3人が魔王の前に倒れたと発表したのか?

 それは簡単だ。来る魔王領との衝突に備えて少しでも戦意を高揚させようとしているだけだ。

 対立は魔王領側への一方的な憎悪に基づく。その感覚は宗教的なものに由来しており、それに属さない人間にはうまく理解できない。

 整然と理をといたところで、一朝一夕で解消されないことは確かだ。戦いは避けられない。


 相田は理屈になってない理屈を並べつづけたが、藤木の隠し持っていたもう1本のワインを空にしてしまうと、ようやく立ち上がった。くるりと背を向け扉に手をかけると彼はつぶやいた。

「俺はこの城を出ていくよ」

「そうか」

 藤木にはそのぐらいの言葉しかかけることができなかった。

「じゃあな」

 背を向けたまま相田は扉の向こうに消えた。


 止めることはできない。

 藤木は自身を相田の行動が制限できるほど親しくはないと考えている。またその意志を左右させるほどの力を持ち合わせてもいない。

 まあ後者の条件を満たすものなどこの城にほとんどいないだろう。数人いたとしても戦争の近いこの状況で無用な傷を負う事態は避けたいはずだ。

 数日のうちに相田は城から消えて二度と帰ってくることはなかった。


   ◆


 同じころ、教会内にて同じような会話を繰り広げている2人の男女がいた。

 1人は木村翔子。召喚された勇者の一人で何がどういうわけだか今では教会で聖女という立場に落ち着いた。

 もう1人はゾキエフ。王城直下の街を預かる高位司祭でありながら方々の酒場に顔を出しては飲んだくれる結構なはぐれ者だ。

 教会独自のネットワークを通じて集めた情報をもとに彼らは藤木と同じ結論に達していた。


「王国はこの機を逃さず攻勢を強めるでしょうね」

「どうする?」

 木村の言葉にゾキエフは簡潔な疑問で応えた。

 だれが何について『どうする』ということなのか、その問いかけには何通りかの受け取り方があったが、木村は気にせず自分の答えやすいように答えた。

「同調する立場を示しておきましょう」

「今はまだ手を切る状況ではない、と」

 彼の眼は赤く酔いに濁っていたがその言葉は鋭く急所急所に切り込んできた。


「もとより魔王側に拡大の意志はありません。今占めている土地を維持できればそれでいいと彼らは考えているようです。実際それで彼らの行き詰ることはないでしょう。故に戦いがどの程度激しいものとなるかは、ほとんど王国側の目論見による」

「魔王領が王国への侵略を目標として行動している、というのは王国側の吹聴している与太話にすぎんからな。まあその与太話にお墨付きを与えてやっているのが我らが教会なわけだが」

「一方、王国も現時点では魔王領に対して真正面からの侵攻を企てているわけではありません。現実的な問題として戦力が足らない。総数ではわずかに上回ろうと魔王領の兵は強靭です。最大限うまくいったとしても辛勝がせいぜいで、その後はすぐにぼろぼろに弱ったところを周辺諸国に食い荒らされるがオチでしょう」


 木村とゾキエフの2人はざっくばらんに語り合う。

 互いの立場をわかっているので、公式の場では聖女と高位司祭としてふるまうが、非公式の場ではこのように気楽に話す。そちらの方が意志の伝達がスムーズに行える。

「例え教会が全面的に協力したところでその結果にさしたる違いはないだろうな。そうしてその予想図ぐらいは王国の上の連中にも見えている。見えてる上で仕掛けるポーズをとらなければならないのが、彼らの苦しいところだ」

「両陣営が戦う意志を持たない以上、所詮は小競り合い。大きな変化はありません」

「わしの方も同じ読みだ。まだその時ではない、といったところだな」


 木村は自らの読みを完全に信頼しているわけではない。

 不確定な要因はいくつもある。自分のような召喚勇者の存在がそれだ。目に見えて活発に動いているものは少ないが、彼らの動き如何によっては状況は容易に変化しうる。

 王国側にあって注意すべきは2人、藤木と相田。

 藤木は明確な目標をもっている。探求。それは木村の目標と近いようで異なる。当分の間ぶつかる可能性は低い。注視はつづけるが積極的に関わることはしない。

 相田は目標を持たない、かわりに大きな力を持つ。ただし彼にはその力を振るう場がない。彼が戦場に打って出ることはほとんど考えなくていいだろう。

 いずれも今のところでは脅威ではないが……。


   ◆


「どうなるかな」

 森の洋館、その2階の奥まった広い部屋で、魔王は暗闇に向かって問いかけた。

「五分と五分、いえ若干こちらが分が悪いといったところでしょう」

 ドゥギャリテが姿を見せずに応えた。魔王はため息をつく。

「2人がかりでも難しいかな。かなり腕をあげたと思うんだけど」

「残念ながら相手が悪いですね。並の人間ならどうとでもなるのでしょうが」

「そうだね。といって僕らが手を出すのもなんか違うし」

「わかっていただけているようで幸いです」

「彼らは友人だ。その個人的な戦いに力があるからという理由でむやみに嘴を突っ込むべきではない。彼らの方から助けを求めてくるなら話は別だが決して求めてはくれないだろう」


 ドゥギャリテは言葉を返さない。その沈黙は魔王に同意を示しているようだった。

「僕らにできるのは場を整えてあげることぐらいか」

「……結果はまだわかりません」

「うん、その通りだ。希望を持とう。勝負は水物、どっちに転ぶかわからない。それにしても君もずいぶん彼らのことを気に入ってるんだね」

「それなりには」

 配下の返答に魔王はほんのかすかに眉根を寄せた。

 それなり。

 突っ込んで聞いたところできちんと定量化することはできないだろう。むしろ下手に言葉にすれば訳が分からなくなって手がつけられなくなってしまうかもしれない。

 不確定な要因が1つ増えた。


 見通しがきかないがおもしろい。おもしろいが見通しがきかない。

 どちらも真実だ。人によって程度の差はあれど思い悩むことが楽しいように人間は作られている。

 案外こうして僕を楽しませてくれるために、偉大な魔法使いは召喚魔法を遺してくれたのかもしれないな、とふと彼は思いついたがすぐにそれを打ち消した。

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