[7] 模擬戦
来い、と低く短くゴングは言った。
武器は持たない。防具もつけない。
ただ肉体を黒々と隆起させる。その体積は通常時のおよそ三倍に膨れ上がっていた。
対峙する相手を空想が威圧する。あの太い腕で殴られたなら人間の体はどうなってしまうのだろう?
だれかのつぶやいた言葉が風に乗って聞こえた気がした――『岩鬼』。
朝、軽く食事をとって連携の最終確認をする。大きな変更はない。関節をほぐして体をあたためる。
練兵場に向かえばいつになく人が集まっていた。言いふらしたわけでもないのに自然にこうなったらしい。
少しは考えていた状況ではあるがあまり好ましいとは言えない。単純に人前に立って何かをやるのに慣れていないという理由で。
篠崎は人知れず深く息を吐きだした。
ちょいちょいと肘で脇腹をつついてくるやつがいて、だれかと思えば栗木の仕業で、こんなときになんなんだこいつはとその視線を追えば、そこには木村さんが立っていた。
思わず目を見開いて固まる。
黒髪のロングストレートで切れ長の目でスタイルもすらっとしていてかわいいというよりは美人なタイプで、とにかくうちの学年で一番の美少女を決めようとなったときに必ず名前の上がる木村さんがいた。
なんでここに木村さんが?
もしかしてひょっとすると僕を応援しに来てくれたんじゃと舞い上がりかけたところを篠崎は即時自分で否定した。それはない。
もっと簡単な話であってこの模擬戦の注目度が想定してたよりずっと高かっただけのことだ。
とりわけ召喚者の興味をひかずにいられなかったのかもしれない。確かに自分の立場に置き換えてみれば時同じくして召喚された高校生がどんな風に戦うのか見てみたいのは当然だ。
篠崎は木村さんのことを頭の中から追い出すことに決めた。
まったく栗木は余計なことをしてくれたものだ。いやしかし模擬戦の最中に気づいたとなればもっとまずいことになってたかもしれない。
関係ない関係ない。だれがどこにいようと関係ない。ただ敵だけに集中しろ。
手と足をぶらぶらさせて緊張を逃がす。むやみに屈伸してみる。使い慣れた道具に触れる。
よしきた、いける、余計なことは忘れた。
佐原と目を合わせてうなずきあう。栗木のことは知らん。
不意に観衆が二手に割れた。ゴングが現れる。
いやずっと前からその巨体を見逃すはずがなかった。
篠崎は目を閉じゴングにたいして頭を下げる。あくまでこれは仮の戦いであって命のやりとりではない。
礼儀をつくすべきだ。こちらが胸を借りる立場なのだからなおさらに。
ゴングはにやりと顔全体で笑って見せた。
『岩鬼』――それがゴングの異名なのだろう。なるほど今の姿はそれと呼ぶにふさわしい。
大盾の裏で篠崎の額に濃い汗が流れた。筋肉がこわばり委縮しているのがわかる。
おびえている場合じゃない。すでに試合は始まっている。
先制攻撃。まずは打ち合わせ通りに。
ソフトボールほどの火の玉が最短距離でゴングへと飛んでいく。それと同時に栗木は走り出していた。
ゴングは右腕を振るった。ごっと風のうなる音が篠崎のところまで聞こえた。
佐原の放った火球は打ち消される。想定の範囲内。その振るわれた右腕へと栗木が長剣を叩きつけていく。
悪い予感。篠崎もまた地面を蹴った。栗木の前に割って入るべく。
重低音。栗木の刃は黒い剛腕を前にして完全に停止する。怪物に少しの損傷も与えられてはいない。
反撃。その左腕が大きく動く。巨大な岩が迫る。
篠崎は栗木を押しのけその前へと強引に立ちふさがった。瞬間、これまでにない衝撃がびりびりと両腕に襲いかかる。ぐわんぐわんと金属音が頭の中をこだまする。
踏みとどまれるか? 踏みとどまるんだ。踏みとどまれ。
ここで退いて何になる。大地にがっしりと両足を押し込める。一つになる。
その衝撃のすべてを全身で受け止めてやるんだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます