[31] 再会
ディエスに連れられ歩く。
彼は先の変身を解除して人の姿をとっている。あるいはあちらの影が本来の姿なのかもしれない。
特にこちらに警戒するでもなく背を向ける。余裕の表れ。篠崎ら3人などどうとでもなると言っているみたいだ。
いや単純に背中と決めつけるのはどうだろう? 彼はもはや人間とは別種の生物だと考えてもいいのかもしれない。
高濃度の魔力にさらされ変質した獣を魔獣と呼ぶ。例えば前に遭遇した両腕の異常に発達した熊、赤眼。村を襲っていた害獣、結局彼を倒すのに軍の支援を必要とした。
同様に人間もまた魔力によって変質する可能性がある。
目の前を歩く男は人の形をとっていてもまったく人とはかけはなれた存在だ。だとすれば人間の規範に当てはめて類推するのは危険だろう。本質を見誤る。
たいした距離を歩いたようには思えない。館が現れる。2階建てのそれなりの大きさだがツタに覆われあまり綺麗だとは思えない館。周辺はすべて植物が多い茂っておりそれだけが人工物としてそこにある。
土地そのものかそれともディエスによるものか、なんらかの魔術的跳躍が行われたのだろう。感覚通りの距離を移動したと考えない方がいい。自分たちだけでまた森に侵入したとして同じようにここにたどり着くのは多分難しい、そんな予定はないが。
おそらくこの館の中にいるのだろう、ディエスが王と呼ぶ存在が。そう思うとただの館の外観がなんだか妖気の沸き立つ場所に見えてくる。
以前に出会った時ディエスは城で働いていたがこれまでの言動から考えるに彼は王国側の人間ではない。
密偵。王国の内情を知るために外部から送り込まれてきた。あるいは裏切った? いや彼の性質を考慮に入れると前者の可能性が高い。
それにしても結構王国の内側に入り込んでいたように思える。そのあたり王国はザルなのか。いやあの変身能力は規格外がすぎる。あんなものを想定してセキュリティを組むのは無理だ。
正面から門をくぐって玄関を開ける。内装は簡素。とてもじゃないが王と呼ばれるような対象が滞在している場所には見えない。
もう一枚扉をくぐればリビング。低いテーブルをはさんで2人の男がソファーに座る。2人の間には碁盤の目が描かれた板と、その上に何かの動物を象った小さなオブジェが規則正しく並んでいる。
どうやらチェスのようなボードゲームをやってた最中らしい。こちらに背を向けた大男はがしがしと頭をかいている。対する痩せ気味の男はにやにやと笑っており、どちらが優勢かは一目瞭然だ。
「ご命令通り魔王領に接近していた勇者3名をお連れしました」
ディエスが告げるとそれに反応して大男はこちらを振り返った。
後ろ姿だけでわかっていたがやはりでかい。立てば身の丈2Mはゆうにこえているだろう。2.5Mを超える可能性もある。とても人間とは思えない。
目を引くのはその左腕。異常に肥大化しており、ひょっとするとその太さは篠崎らの腹回りほどあるかもしれない。そして上腕から指先まで隙間なく真っ赤に染まっている。
大男はその大きな目をさらに大きくして、何かに驚いたような表情をした。
その顔が記憶を刺激する。こいつに以前に会ったことがある?
いやしかしこんな大男に出会って忘れるなんてことがありえるだろうか。だが向こうの見せた驚きの表情もこちらのことを知っているからだと考えられる。理屈としてはそれであってるはずだ。それでも一向に記憶の中から正解を引き出せそうにない。
最初に声を発したのは栗木だった。
「もしかして、大山田か」
「おう、久しぶりだな、栗木。それと篠崎と佐原。半年ぐらいぶりになるか」
ずいぶんと親し気に彼は言った。
大山田――その名前を聞いてようやく篠崎は記憶を引き出すことができた。
二度目の静寂、混乱した状況ではじめに動き出したのは大山田だった。
「ふざけんな」と一声吐き出して階段を駆け上がる。石畳の階段に軽快な足音が響いた。
拳を大仰に振り上げる。背を向けた王に殴りかかろうとしているのだとよくわかった。
王は振り返らない。不吉な予感がした。
すっと視界の中で何かが静かに動く。銀色の線が中空に弧を描いていた。
腕が落ちる。
遅れて野太い絶叫がこだまする。バランスを失い大山田の巨体が階下へ落ちていく。
騎士はゆっくりと剣を収めた。しわがれた声が階上から降ってくる。
「こちらの都合で呼び出したのだ。君たちの生活については最低限の保証はしよう」
大臣と騎士もまた王に従い広間から消えた。
甲高い悲鳴が上がった。大山田の切り飛ばされた左肩からだくだくと赤黒い液体があふれる。
広間の扉が開いて四五人の兵士が現れると慣れた手つきで大山田を担架にのせて再び扉の向こうに去った。
血だまりだけを残して。
これらの出来事はすべて非常に短い時間にあざやかに進行して何か考える隙間もなかった。
確かに彼は大柄な少年だった。けれどもあくまでそれは通常の範囲内であったはずだ。今の彼の大きさは常軌を逸している。それから左腕。彼の左腕は斬り飛ばされたはずだった。篠崎はそれを自分の目で見た。鮮やかにそれは記憶されている。だが現在、目で見てわかるのは彼にはその巨体にすら不釣り合いなほどの赤い左腕がはえているということだ。そうして彼がなぜこんなところにいるのか。騎士の男は治療中だとそう言っていた。それがなぜ魔王領内にある館で平然としているのか。ディエス以上の衝撃だった。
「感動の再会はいいんだけどこうも置いてけぼりにされるとちょっと寂しくなるね」
もう1人、ソファーに座っていたなんてことのない、そこらへんにいるような普通の青年が言った。その青年は篠崎らの心の動きなんてものをまったく気にすることなく世間話の口調でかろやかになんら劇的な調子を含まずにつづけた。
「どうもこんにちは、君たち勇者が倒すべきところの魔王です」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます