[32] 目的

 いつの頃からか魔王と一度話してみたいなという考えはあった。

 けれどもそれはまだまだ先のことで自分たちには実現のための力が足りていないと思っていた。


 あらためて魔王と名乗ったその青年を眺める。

 肩まである長い黒髪、服装はいたって普通、そこらへんにいる人と変わらない、髪と同じ色をした瞳はやさしくこちらを見つめている。

 はっきり言ってしまえば威圧や緊張といったものを一切感じさせない。強者のオーラとでもいうものがあるならディエスもしくは大山田の方がぎらぎらとそれを放っている。


 これまでに聞いてきた話を総合すると魔王とは歴史上類を見ないほどの魔力に暴露しまったく変質してしまった人間である。

 魔力による変質。ディエスは確実にそれだし、大山田の方もおそらくそれだろう。外見からしてあきらかに人間とかけ離れている。かけ離れてしまっている。

 それがどうだろう、目の前の青年は?

 とりたてて言うことのない成人男子であって変質を受けた痕跡は見当たらない。


 だが状況がその男が魔王でなくともそれなりの人物であることを示していた。

 桁違いの力を持つ怪物ディエス、それから知らぬ間に変貌を遂げたクラスメイト大山田。彼ら2人が魔王と名乗る青年に対して並々ならぬ敬意を払っているのはその振る舞いからわかる。

 影武者という可能性も考えてみた。しかし影武者ならもっと魔王のイメージに合った人物を連れてくるべきだろう。こっちは本当に魔王なのかと疑いを抱いてるぐらいなのだから。


 リビング、ソファーに座って3人と推定魔王は向かいあう。ディエスと大山田はそのあたりにあった椅子を適当に持ってきて座っている。

 魔王は自ら立ってお茶を入れてくれる。どこにでもある普通の紅茶。まず自分でそれに口をつけてからのんびりとした調子で口を開いた。


「何かと神経を使わせて悪いね。取って食ったりはしないから楽にしてほしい。時間は無限にあるわけじゃないけどまあそれほどせかさなくちゃいけないわけでもない。ちょっと君たちに聞きたいことがあったからドゥギャリテに連れてきてもらったんだよ」

 言いながら彼はディエスを親指で示す。どうやらそれが彼の本当の名前らしかった。

「こっちから出向いてもよかったんだがそこのところは譲ってくれなくてね。魔王の威厳だのなんだの細かいこだわりがあるようで面倒だよ。いやそんなことはどうでもいいんだ。単刀直入にきくね、君たちの目的はなんだ?」


 目的。

 何についての目的か。単純にここに、魔王領に接近していた目的を言えばいいだろう。

 佐原が口を開く。

「先行していた勇者が死亡したという情報を知ったので、その事跡を追っていました。そちら側に対して襲撃を企てようとする意図はありませんでした」


 その言葉に魔王はぴくりと眉を動かした。それからディエスあらためドゥギャリテの方に振り返って尋ねた。

「えっと先行してた勇者って死んだのかい?」

「はい。最初期より魔王領に向かって移動していた勇者4名は大量の魔物の群れに無策で突入し食い殺されました。私が報告したはずですが」冷たい声でドゥギャリテは答える。

「え、本当に? 聞いた覚えないなあ」

「報告の際、俺もその場にいたっす。間違いなく聞いていました」呆れた調子で大山田が言った。


「言われてみればそんなことを聞いたような気もしてきたなあ。まあいいや」

 中空をにらみながら魔王はそんなことをつぶやいた。

 今のは演技だろうか。こちら側の返答を予測することはできた。それにもとづいて事前に打ち合わせしておくことも。だが演技だとしたら目的がわからない。それによって彼らはいったい何を得られるというのか。


 本当に忘れていたという可能性。

 その場合、魔王にとって個別の勇者の死はたいして重要でない情報なのだと考えられる。

 一応情報は集めさせているが彼にとって覚えていなくてもかまわない情報。少なくとも現時点ではまったく脅威とも思っていないのかもしれない。


 城を出た後で他のクラスメイトがどうしているのか詳しいところを篠崎たちは知らない。

 教会で遭遇した木村さんは聖女を名乗っていたがその実態はよくわからない。剣道部の相田とは前に栗木が会ったというが彼はさらにその力を伸ばしているはずだ、今も城にとどまっているのだろうか。藤木は城にいたころから書庫にこもっていた、多分今も変わっていないと考えられる。

 他はどうか。大半は城の中で安穏と暮らしているだろう。別段それを非難するわけではない。


 召喚された勇者にはその最初から圧倒的な力が備わっている、わけではない。

 鍛えようと思って鍛えない限り力が伸びることはない。けれども意識して鍛えることを行っていけばその力は急速に成長する。おそらく勇者には他と比べてレベルアップしやすい、そういった性質があるのだと思う。

 今、一番強いのは誰だろうか。もとより剣の扱いに慣れ日々兵に混じって訓練をつづけている相田か、それとも魔王領にて濃い魔力にさらされながらその形を変質させた大山田か。個々の戦闘力だけに限れば篠崎らはその2人には及ばない。


 彼らならドゥギャリテに対抗することは可能か。その力を正確に計り知れてはいないが多分不可能である。

 そんなこちらの戸惑いをなんら気にすることなしに魔王はクッキーを口に運びながら、最近景気はどうなんだいと世間話をするみたいな淡々とした口調を崩すことなく、「君たちは勇者なのに魔王である僕を殺さなくていいのかい?」と言った。

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