[4] 魔法
「召喚者は常人と比較して魔法の扱いにすぐれているとのことだ」
午後から練兵場に現れた佐原はそう語った。
藤木と二人で手当たり次第に書庫を読み漁ったところによればそれがこの世界の人間が召喚者を必要とする理由らしい。表向きは。
召喚者に見られてはいけない書物もどこかにはあるかもしれない。藤木はそのまま午後も書庫にこもるということだった。
体を動かしながらひきつづき佐原の話を聞く。
魔法というのはどうやらこの世界にある不可視のエネルギーを扱う方法とでも言うようなもので使い方は個々人によるらしい。
主に自分の肉体を強化するのに使っているものもいれば火を起こしたり風を吹かせたりと自己のイメージを外界に投影するのに使っているものもいる。
扱いやすいように扱うのが一番で確かにそれはゴングの言うように教えにくいものだった。
佐原は目を閉じ集中すると随分と時間をかけて手のひらの上に拳ぐらいの大きさの火の玉を作ってみせる。なるほどこれはわかりやすく魔法だ。
篠崎と栗木も火の玉づくりに挑戦してみたが佐原よりももっと時間がかかったにもかかわらず指先ほどの小さなものしかできなかった。
思ったよりも向き不向きの差というのは大きかったようで無理してできないことをする必要はなさそうだ。得意を伸ばそう。
そんなふうにして魔法だ魔法だとはしゃいでいるうちにすっかり日が暮れて夕食の時間で、体を動かしたり魔法を使ったりしたせいだろうか昨日と同じパンと肉もなかなかにおいしくいただけた。
なれるのが早いと自分でも思ったがしかし人間というのは本来それぐらい単純にできているのかもしれない。
さて寝ようかと横になったところで唐突に藤木が言った。
「君たちはどうするつもりだ?」
篠崎は言葉に詰まる。佐原と栗木も同様に。
藤木はつづけた。
「僕はあんまり危険を冒すのが好きじゃない。城の外は思った以上に危険であふれているらしい。だから魔王を倒すという依頼について僕はほとんど放棄するつもりなんだ。もし仮にこの城で学び鍛えたことで圧倒的な力でも得ることがあるなら別かもしれないけどね。ゆっくりどこかの誰かが何かを引き起こすのを待つことにするよ」
話を聞いてそうした生き方も悪くないだろうなと思ったけれども同時にそうした生き方は自分の性に合わないなと篠崎は思った。かといって無鉄砲に飛び出すこともしたくない。
少しの間、篠崎は自分のやりたいことを考えてみた。
「何かをするにも何かを考えるにも情報が足りない。それもいろんな形をした情報がだ。正直なところこの城の連中を百パーセント信用できない。ほかの立場からも話が聞きたい」
篠崎の言葉を聞いて栗木は力強くうなずいた。
「できれば魔王ってやつからも話が聞きたいところだな。本当に彼を倒すことで元の世界に戻れるのか。そもそも元の世界とは何なのか。召喚というのはどうやって行われているのか。ほかに帰る手段はないのか。わからないことが多すぎる。そうしてそれらについて調べる時、ひとつの情報源に頼っているのはあぶない」
黙って話を聞いていた佐原も口を開く。
「すぐには難しいだろう。自分を鍛えこの世界での生活になれきる必要がある。自立しなければならない。この城を離れて。そのためにはまずは力をたくわえよう。こうして与えられたものに頼らずに生きていけるだけの力を。幸い時間はあるんだ。慌ててはいけない。じっくり腰をすえて取り組むとしよう」
藤木はゆっくりと息を吐いた。
「君たちの生き方と僕の生き方は少しだけ異なるようだ。当然か。君たちは君たちなりに僕は僕なりにこの世界で生きてみよう」
会話が終わる。
眠りにつきながら篠崎はこうして少しずつ道が分かれていくものなのだと思った。
急すぎる変化は僕たちに早い別れをもたらす。
城を出てそこに広い世界があるならもう出会うこともない人もあるかもしれない。
それを寂しいと思った。
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