7-3

 ある日、俺は意を決して、永海えみに、聖域に関する質問をしていた。もうずいぶんと長いこと、俺たちは、神の声を聞いていない。さすがに、これ以上は、儀式の間隔を空けられないと、判断したためだった。


 聖域についての話題は、上閲じょうえつ補佐などの例外を除けば、タブー視されるものだ。その意味で、聖域の扉について、なぜオオミが知っていたのかは、今でも俺には気がかりだった。なんだか、それには、込み入った事情がありそうなので、本人に尋ねるのを、後回しにしてしまっているのだが……。


 ゆえに、多分に警戒されるのではないかと、俺は、心配していたのだが、それは杞憂におわった。永海えみはあっさりと、俺に聖域の位置を示したのだ。


「神様のいる場所が知りたいの? 神社ってことかな……。それなら、近くにあるけど」

「……。君も……もしかして、補佐官?」


 正直なところ、俺は心底驚いていた。

 上閲じょうえつ補佐でもなければ、聖域の場所など、正確には知らないだろう。だが、永海えみはまるで、場所を完璧に、理解しているかのような口ぶりで、答えていたのだ。ゆえに、俺は、永海えみ上閲じょうえつ補佐ではないかと、予想した。さすがに、本物の上閲じょうえつだとは思えなかったため、彼女を補佐官だと考えたわけだが、俺のもっともな疑問に対する、永海えみの答えは、沈黙だった。お役目を、大勢の前では答えるわけには、いかないということなのだろう。俺の配慮が足りなかった。


 申し訳ないという気持ちはあったが、それでも俺は話をつづける。


「連れて……行ってほしい」


 俺は永海えみのほうに顔を近づけ、小声で懇願していた。まだこの地に来て日の浅い俺たちが、大手を振って、向かうわけにはいかないだろう。それでなくとも、聖域はそういう神聖な場所なのだ。警戒しすぎるということはない。


「いいけど……。使姫つかいひめ八幡宮なんか、行ってもあんまり面白くないよ? それともあれかな。ヨキくんは外国育ちだから、やっぱり、日本の神社は珍しいのかな」


 確かに、聖域は愉快な場所ではないだろう。だが、重要なものであることに違いはない。

 放課後、俺は永海えみに案内してもらい、聖域である、八幡宮へとやって来ていた。オオミたちを誘わず、自分一人で訪れたのは、仮にも俺が、儀式に携わる補佐官だったためだが、門外漢を連れて来ないという気遣いは、どうやら必要なかったのかもしれない。にわかには信じられないが、永海えみの話によれば、この国の聖域は、なんとその大部分が、一般にも公開されているからだ。


 そうそう、国についても、少し触れておかなければならないだろう。俺たちが島嶼だと思っていた場所――つまり、大陸の右端にあった部分は、島などではなく、一つの国だったのだ。名を日本、そしてここは地方の一つ。N県に位置する、下越市かえつしという場所だった。

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