8-5

 神の声が聞けない。

 その茘杈れいさの状態は、今の俺たちと、非常によく重なるものだった。痛いほどに気持ちがわかる。いったい、どれほどの不安だろうか。それに比べれば、日本の俺たちは、まだマシな部類なのだろう。補佐官である俺が、聖域に赴いて、色々と、試行錯誤することができるからだ。


 しかし、茘杈れいさはそうじゃない。上閲じょうえつが一人しかいないということは、補佐官を育てられるだけの、マンパワーがさとに存在しないことを、如実に示している。上閲じょうえつの不在は、神のご意思を受けられないことに、遺憾ながらも直結しているのだ。今は悲しみと恐怖で、胸がいっぱいになっているに違いない。


「そうだったんですか……。大変な時期に、申し訳ありませんでした」


 俺が頭をさげて応じれば、タイチさんが励ますように笑う。


「何、言ってるんだ。ヨキ君のお役目だって、疎かには決してできない、重要なものだよ」

「それは、重々承知してますが……」

「話がそれてしまったね。今回の相談事は、何度儀式にトライしても、神の声が聞こえない、ということでよかったかな?」


「仰るとおりです」

「ふむ……。場所も手順も、度が過ぎるくらいに、確認したということだね?」

「間違いありません」


「そうだとすると、聖域での作法が、初めから違うのかもしれないね。ヨキ君は、まだ知らないだろうけど、僕たち上閲じょうえつの儀式にも、いくつかの方法がある。普段、僕らが執り行っているのは、春風という儀式だね。これ以外の式事を用いることは、僕も生まれてから数回しかないが、それに照らせば、その神独自の、やり方があったのだとしても、別段、不思議じゃないだろ?」


 目から鱗の回答だった。

 俺の取った儀式の方法が、根本的に間違っているのだとすれば、どれだけ手順を見直したところで、一向に正解には近づかない。


「さすがです、タイチさん」


 素直に俺は、感謝を述べたのだが、タイチさんの表情は暗いままだ。このときすでに、正しい儀式についての情報を、どうやって得るのかと、考えを巡らせていたのだろう。


「だれか、そっちで補佐官とは会えたかな?」

「……。それがなんとも」


 永海えみを、上閲じょうえつ補佐と言い切ることには、小さくない抵抗を感じた。お役目の早期遂行は、最大に優先すべき事柄だが、親しい相手が嫌がっているのに、それを悪用するようなやり方で、話を進めていくのは、純粋に今ではないと思ったのだ。


 それはたぶん最終手段だ。もっと状況が切羽詰まってからでも、遅くはないだろう。


「ふむ。ちょっと賭けになるが、聖域に案内してくれたという人物に、それとなく聞いてみるのはどうだろ?」


永海えみにですか?」


 これでは気を遣った意味がないと、俺は、訝しげに聞き返す。


「ああ。聖域が一般にも、公開されてるというのに、儀式の方法を、みなが知らないようでは、お話にならない。僕たちが考えてるより、神との交流は、その星では当たり前のもの、なんじゃないかな?」


 たしかに。

 言われれば、思いあたる節がいくつもある。以前、龍大りゅうだいたちの反応が悪かったのも、俺があまりに常識的な質問を、してしまったために、彼らを呆れさせたのだろう。

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