8-6
「……すごいです。盲点でした」
俺が感謝の意を込めて話せば、タイチさんは薄く笑う。それははにかむような微笑ではなく、どことなく、俺を小馬鹿にする感じのものだった。
「買いかぶりだよ。……相談事は以上かな?」
「はい」
「それじゃ、これは僕からのサービスだ。……おいで」
そう言って、タイチさんは、何かを呼ぶように、画面の向こうで手招きをくり返す。いったい、だれに合図を送っているのだろう。
そう思って、注意深く見つめていれば、その人物を俺の目から隠すべく、タイチさんが画面に近寄っていた。
「ヨキ君、くれぐれも内緒にしてくれよ。それからおわったときのスイッチは、ここ」
通信の切断にかかる手順を、簡単に説明していくタイチさん。どうやら、招かれた人物は、交信に不慣れなようだった。そんな人が俺にどんな用事だろうか。タイチさんの、サービスという言い回しも気になる。
不審げに見つめる俺の前に、やがて姿を現したのは、ほかでもないマリアだった。
「マリア!」
言葉どおりに飛びあがった俺は、思わず、椅子から腰を離してしまっていた。
「ずっと、会いたかった」
「俺もだよ」
応えながら、俺は、自分の中で、お役目に対してのモチベーションが、猛烈に高まっていくのを感じていた。
自分でも現金なやつだとは思う。
つい先ほどまで、
だが、たとえ他人に、どれだけ利己的だと罵られても、この胸の高鳴りを止めることなど、できるはずもなかった。
沈黙。
しばらく、お互いに顔を見つめあっていれば、マリアが思い出したように、声を発していた。
「あっ、そういえば、これ。ハルカくんが、ヨキに見せてくれって頼んで来たの」
言いながら、マリアがポケットから取り出したものを、俺のほうに見せてくる。それは、儀式に使うための、小さな碁石だった。
「ああ、どれどれ……? う~ん。画面越しだと、正直、いまいちわからないが、『よく出来てる』って、ハルカに伝えておいてくれないか?」
「うん、わかった。補佐官の務めに関係すること?」
「そうそう」
マリアの問いに、俺は、笑顔で返事をする。
嘘だった。
俺は、このとき、生まれて初めてマリアを騙したのだ。無論、それが儀式に使う、小道具であることに偽りはない。
だが、そんなものを、この場で俺に見せることに、いったい何の意味があるだろう。それこそ、何らかの合図でもない限り、全くする必要のないものだ。つまり、端的に言えば、それはある種の暗号だったのだ。
言ってしまえば、それは、俺がクシナを出発する前に、ハルカに頼んでいたことだ。マリアに何かあれば、それとなく知らせるように、事前にお願いしてあったのだ。そのための符牒が、この碁石だった。
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