7-2

 現地の高校に通ううえで、一番の困りごとだったのは、やはり、言葉をどうするのかという部分だろう。あとから知ったことだが、クシナとは異なり、地球では実に様々な言語が、使われているそうだ。そのいずれもが、クシナとは違う種類にあたるため、円滑なコミュニケーションを取るのは、どうしても難しい。


 しかし、この点に関しても、図らずもシイナが対応してくれた。それは、通学に必要な制服を、俺たちが調達していたときのことだった。


『いらっしゃい』


 店主のかけた言葉の意味がわからず、俺たちは、顔を見合わせて立ち止まる。面倒なことになったぞと、俺が対応に頭を悩ませていると、シイナが口を開いていたのだ。


「お店にようこそ、っていう感じみたい」

「わかるのか?」


 俺とオオミは、心底びっくりしてシイナを見つめた。


悠久の窓フェリタル スレハを、あたしなりに改良してみたの。名づけて、般若の窓ラドーシャ スレハ


 それは本来、古代の言葉を、現代語に訳すための魔法だ。シイナのお役目は、食料の生産に関わるものだが、その広範な知識と発想には、いつも驚かされる。


 シイナの作った、般若の窓ラドーシャ スレハが優れていた点は、改良元である悠久の窓フェリタル スレハとは異なり、魔力の消費が少ないことに求められる。円滑なコミュニケーションのためには、リアルタイムでの翻訳が、必要になって来る以上、魔鉱石の消費が少ないに、越したことはない。無論、完璧というわけにもいかず、当然ながら欠点も存在した。それは、自分たちの会話を、地球の言葉に翻訳できない、という点だった。


「学校の服……ほしい。男二個、女一つ」


 潜入することになった俺たちは、できるだけの準備をしたように思う。転校という形で、俺たちが常高じょうこうに通うようになったのは、それから一週間後のことだった。


 恒常こうじょう高等学校――略して常高じょうこうは、一学年が一クラスという、とても小さな高校だった。そのためなのか、転校生は非常に珍しいようで、俺たちは、登校初日から、大勢の生徒に囲まれてしまった。多少は、地球の言葉を覚えたとはいえ、それだけでは、ネイティブな会話には程遠い。シイナから事前に、般若の窓ラドーシャ スレハを教わっておいてよかったと、心の底から思った。


「この時期に転校なんて、レアじゃない?」

「いや、転校はいつだって珍しくないか。 外国で育ったんだろ? 日本に来たのは、親の都合か? ……ああっと、まだうまく、日本語がしゃべれないんだったか」


「少しずつ慣れてけばいいよ。うちらも教えるしね」


 外国で育ったという俺たちの設定は、うまく利いていたのだろう。特に不審がられることもなく、俺たちは、二年生としてクラスに溶けこんでいった。


 次第に、俺は、そこで一人の女生徒と仲良くなる。名は市野いちの 永海えみ。彼女は、不慣れな俺によくしてくれる、心根の優しい少女だった。

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