第2幕

7 恒常高等学校

 後日、俺たちは、シイナの回復を待ってから、諧謔の掟アリューヤ シフィアを発動させることにした。この魔法には、対象から違和感をなくす、という効果があり、それを自分たちに使えば、地球人が俺たちを目撃しても、不審に思うことは少なくなる。もっとも、見られたら即座に終了の、宇宙船という爆弾を、抱えている俺たちには、自分たちにまで、魔法をかけている余裕が、あまり多くは残されていない。諧謔の掟アリューヤ シフィアは、効果が重複しないからだ。同じ術者よる魔法は、別々の働きを持たず、再度使用すれば、対象を上書きする形で、諧謔の掟アリューヤ シフィアが展開される。この魔法は、どれだけ魔力が潤沢であっても、一人では決して発動できないので、この点についてはあきらめるしかない。俺たち全員が、同じ術者という扱いに、なってしまうからだ。自分たちを自然に見せることより、宇宙船のほうが優先だろう。


 全員で集まって一つになり、俺たちは、諧謔の掟アリューヤ シフィアを展開しはじめた。

 だが、このとき俺たちに、不測の事態が訪れてしまう。あろうことか、魔法に詳しいはずのシイナが、その内容を誤ってしまったのだ。


「ごめん……。あたし今、ちょっとミスったかも」

「シイナさん!?」


 申し訳なさそうにつぶやく彼女に、俺は、自分でも驚くくらい、素っ頓狂な声をあげていた。まさか、シイナが間違えるとは、思ってもいなかったのだ。あるいは、黄昏の泉オーリエ フルトを使った疲労が、ひょっとすると残っていたのだろうか。


 蓋を開けてみれば、それは、大きな失敗ではなかったのだろう。だが、結果的に俺たちが、より現地人らしい振る舞いを、取らねばならなくなったことだけは、確かだった。それがはたして、良かったことなのか。それとも悪かったことなのか。今にしてみても、俺には、よくわからない。ただ、このときの俺たちは、現地にある、恒常こうじょう高等学校という学校に、通うことになったのだ。それが、この地球で暮らすうえで、俺たちに最も相応しいとされる、魔法の内容だった。







 それからどうしたのかは、あまり多くを語りたくない。地球で暮らす人間たちの大変さと、お役所と呼ばれる、摩訶不思議な空間について、否応なしに学んだ、ということだけは話しておこう。


 とにもかくにも、宇宙船を、アジトにすることのできない俺たちは、どうにかして家屋と、そこにかかる戸籍を手に入れたのだ。その過程で、かなりの魔力を消費してしまったが、これは、必要経費と割り切るほかない。


 現地の教育機関に、通うことになったのは、俺を含めた三人で、年の離れたマイだけは、留守番という方針だった。その理由は二つある。一つは、年齢の関係から、通学する場所が、高校から中学に変わってしまうので、些細な情報の共有にも、かなりの時間がかかってしまい、即座の対応が、難しくなってしまうという点。特に、問題が生じた際、何かと武力で解決しそうなマイを、単独で学校に向かわせるのは、控えめに言っても不安の種だ。これでは、地球人と親しくなろうという方針から、完全に逸脱してしまっている。もう一つも、マイの性格に由来するものだった。口下手な彼女が、現地の人間と打ち解けられるとは、到底思えなかったのだ。不得手なことを本人に強いるよりも、マイには、兜割かぶとわりとしての活動に、専念してもらおうと考えたのだ。

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