2-3

「行ってらっしゃい」


 すでに集まりつつあった面々のもとへ、俺が小走りで駆け寄っていけば、後ろから、マリアがひときわ楽しそうに声をあげた。


 俺は、うれしさと悔しさが入り混じった、複雑な気持ちを押し殺しながら、小さくなっていくマリアに向かって、何度も後ろを振り返っては、高く腕を持ちあげた。


「ヨキ、そろそろ地上に出る。気を引き締めろ」


 師匠の短い一言が、一瞬にして俺の体から熱を奪う。

 そうだった。浮かれている場合ではない。

 これから、俺たちは、命の危険が伴う場所に、向かわなければならないのだ。


「はい。すみません、師匠」


 一気に、緊張感が体中を駆けめぐっていく。

 それは、鋭い痛みを感じたときにも似ていて、全身が勝手にこわばっていくのだ。理性では、それが状況を悪くする一方だと、わかってはいても、本能的な恐怖には抗えない。


 足がもつれる――いいや、錯覚だ。

 俺の足は、平時と同じように、きちんと動いている。

 落ち着けおちつけ。

 自分に言い聞かせるように、俺は、何度も深い呼吸をくり返した。

 少しでも緊張がやわらぐように、太陽のようなマリアの笑顔を、頭に思い浮かべながら、何度もなんども、息を吸っては吐くのをつづけた。


 真っ暗な道。

 拠点とは違って、道中に明かりはない。

 己の記憶と経験だけを頼りに、地上へのルートを淡々と進む。

 ややもすれば、自分の現在地を見失いそうだった。

 じゃりじゃり。

 先頭を歩く師匠の足が、一定の間隔で音を刻む。

 まるで、自分はここにいるんだと、そう言外に主張しているようで、とても心強かった。

 やがて、頭上にワルハバの光が差す。

 ほの暗く、とても地上を覆うのにはほど遠い、小さな光。これこそが、バケムクロの発見を遅らせる、最大の要因であるというのに、ちっぽけな俺たちには、どうすることもできない代物だった。


 当たり前だ。

 恒星をどうこうしようなんて、人間にできる仕業じゃない。それでもまだ、淡い光があるだけマシだと、思うよりほかにないのだろう。


「昔は、もう少し明るかったそうっすね……ワルハバ」


 空を見あげる俺の視線に、気がついたのだろう。モタカ先輩が、俺の気持ちを代弁するように、横で独り言ちていた。


 それを受け、師匠が言葉をつないでいく。


「古代文明の話か……。失われた技術がなんになる。俺たちの魔法でも、どうにかできるらしいがな。いかんせん、さとにそんな余力はない。少しでも魔力があるならば、食料の生産に回すのが、さとのためだ。延いては、お役目のためでもある」


「知ってますよ。言ってみただけっす」


 そう応えて、モタカ先輩は、俺を見やった。満足したかと問いたげな視線に、俺は、頭を軽くさげることで、謝辞の代わりとした。


 さすがはモタカ先輩だ。頼りになる。

 儀式に関する物覚えが悪いので、師匠を補佐する者としては、客観的に見て、俺のほうが上になってしまうだろうが、それでも、視野の広さとでも呼ぶべき、気配りのうまさでは、比べようもない。


 いつまでも、こういった頼れる諸先輩に、甘えていたいところだが、今朝に言われた師匠の言葉もある。俺だって、期待には応えたい。俺は、早く一人前にならなきゃいけないんだ。

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