4 バケムクロ

 翌朝、俺たち日亜知ひあち隊は、聖域へと向かう上閲じょうえつに同行した。

 普段よりも、だいぶ遠回りのルートを通ったのは、地下空間内の移動を多めにし、少しでも、地上でバケムクロと遭遇する危険を、回避するためだった。


 もちろん、地下であっても、出るときは出る。しかし、地下であれば、定期的に兜割かぶとわりたちが巡回し、バケムクロの掃除を行っている。鉢合わせする確率に、大きな差があることは、明白だろう。


 俺たちの努力は、実を結んだようだった。

 一度もバケムクロに遭遇することなく、無事に聖域に到着したのだ。あとは、茘杈ノ邑れいさのさとに行っている、隊長たちを待つだけだ。空いた時間で、俺は、モタカ先輩の弟である、ハルカに声をかけていた。


「ハルカ。俺が抜けることで、補佐官としての務めが増えて、大変になると思う。だけれど、なるべくは、マリアのことも、気にかけてやってほしい」


「わかったよ、ヨキ兄ちゃん。俺、頑張ってみる」

「よろしく頼む」


 さすがに、すでにユイさんという、相手が決まっているモタカ先輩には、俺としても頼めなかった。いくら、さとの全員が家族とはいえ、そんなのを頼むのは、留守にすることの多いユイさんに、義理を欠く行為だろう。


 そこからたいして間を置かず、図ったように、ウスク隊長たちは姿を見せた。

 先頭に、若い女性。

 装いを見る限り、兜割かぶとわりではなさそうだ。彼女が、茘杈ノ邑れいさのさと石勠いしあわせなのだろう。マリアと会えば、きっと同じ医者として、よい先輩になってくれたに違いない。


 そんなことを思いながら、俺は、何気なく彼女の足元を見た。

 ――かすかに、何かが動く。

 正体なんか、ほかにはない。

 バケムクロだ。

 聖域に侵入されるなんて、いったいいつ以来だろう。


「隊長、そこに――」


 俺の声は、兜割かぶとわりの絶叫にかき消されていた。


「構えろ!」


 人間の頭ほどのサイズ。

 相手はまだ、小さなバケムクロだ。

 何を大げさなと思った俺の眼前で、そいつは、周りからがらくたを集めるようにして、どんどんと膨らんでいく。


 直後、それは、尋常ならざる手足を持つ異形へと、変貌を遂げていた。

 人型でありながら、人とは似ても似つかない。

 完全なる異物――バケムクロ。


「危ない!」


 バケムクロが両腕を振り回す直前、ウスク隊長が石勠いしあわせをかばった。

 だが、避けきれてはいない。

 体に怪物の腕があたり、ウスク隊長たちは、大きく後ろに吹き飛ばされてしまう。

 それだけではない!

 ウスクさんたちをはねのけてなお、腕の勢いは止まらず、辺りにあった岩をあちこちへと弾き、その一部にいたっては、俺たちのほうにまで飛んで来ていた。


 大慌てでの回避。

 その場で身をかがめた俺は、不安げに、ウスク隊長のほうを見やる。


「……うっ」


 漏れる、うめき声。

 よかった。隊長たちは生きている。

 石勠いしあわせはぐったりと横になったままだが、かろうじて、隊長には意識があったようだ。目を開くと、信じられないものでも見るように、一点を凝視していた。

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