5-3

 秘紅花トロイカイヤは、空気の濁っている地上であっても、かなり長い時間、枯れずにいられる。魔力調査の持ち物としては、おそらくは最適解だったことだろう。


「ん? なぜ、もう咲いてる?」


 マイが訝しげにつぶやき、俺ににじり寄って来る。

 無理もない。

 この花は、さとでは決して開かないからだ。

 花の開花度合いから、星の魔力量を判断する。その考えの破綻を責めるように、にわかに表情を硬くしていくマイを、どうにか押しとどめながら、俺は、慌てて言葉をつないだ。


「たぶん、距離の問題だろう。船の動力源にしてる魔鉱石が、近くに大量にあるせいだ。心配ない。これも想定のうちだ。……そこで、これも併せて使ってく」


 再び、俺は、リュックサックからものを取り出す。今度は二つだ。くすんでしまった半透明のケースと、それと似た色をした粉。


 粉のほうは、扼能土コーンというもので、魔力を遮断する働きを持つことが、知られていた。


「この箱に、秘紅花トロイカイヤを入れて、上から扼能土コーンを振りかけてく。そうすれば、扼能土コーンの効果によって、宇宙船の魔力は、感知できなくなるだろ? 逆に、それでも遮断できないような、多量の魔力と接近した場合には、花が咲くって寸法だ。こうして、本命の星を見つける」


 感心したように、シイナは、ゆっくりとうなずくだけで、何も言わない。オオミも、すぐには反応を示さなかった。


「なるほど。だから、ヨキだけ、こんなに大荷物だったんだな」

「まあ、そういうことになる」


 本当は、ウスク隊長の荷物を、事前に預けられていただけなのだが、あえて言う必要はないだろう。

 俺に詰め寄っていたマイも、どうやら納得したようで、ほどなくして離れていった。


「隊長。あんた、すごいね。正直、あたい、馬鹿にしてたよ」

「あはは……」


 だいぶんストレートーな発言に、俺は、苦笑いしか返せない。だが、マイの指摘は正しいものだった。真実を話すべく、俺は、もう一度、口を開く。


「けど、実際は、師匠とウスク隊長の手柄だよ。俺は、秘紅花トロイカイヤを使えるんじゃないかっていう、初めのアイディアだけで、あとは二人に任せっぱなしだった」


 マイは、何も答えない。

 そこが、自分の定位置だとでも言うように、宇宙船の入り口に、てきぱきと戻っていくだけだった。

 箱亜はこあマイ。

 弱冠十三歳にして、兜割かぶとわりに選ばれた少女。

 兜割かぶとわりに選ばれたということは、一人前の戦士として、さとから認められたということを意味している。もう、彼女は大人なのだ。いったい、どれほどの才能と努力があれば、そんなに若くして、大人の世界に入れるのだろうか。


 きっと、すでに大人のマイにしてみれば、俺のような半人前は、さぞかし子供っぽく見えているのだろう。


「そしたら、あとは操縦だけだな」


 オオミの合図に、シイナが笑う。


「やってはいるよ。この宇宙船……色々な天体の場所と、現在地もわかるみたいだしね。でも、いまひとつ要領をつかめないんだよ。繊細な魔力コントロールを、たまに求められるだけで、あとは何も……。ひょっとして、あたしよりも、マイのほうが適任だったんじゃない?」


 言って、シイナは、マイに目配せを送るが、彼女は小さく首を横に振った。


「あたいに、そんなことできない。あたいにできるのは、バケムクロを殺すことだけだ」


 ずいぶんと物騒な。

 そう思いはしたが、俺も、いざとなれば役立たずだろう。未知の星で、奇怪なバケムクロと相対したとき、どれだけのことが、補佐官の俺にできるのだろうか。本職の兜割かぶとわりには、どうしたって及ばない。


「ようやく、スタートを切れたって感じだな」


 俺の何気ない一言に、みんなが慰めるように笑った。

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