5 宇宙船

 宇宙船が、ゆっくりと上昇をつづけていく。

 戦うモタカ先輩たちの姿を、窓から、興味深そうに見つめていたマイが、思いついたように俺に尋ねていた。


「ねえ、隊長」


 とっさに、俺は、返事することができなかった。

 たしかに、この部隊のリーダーは、俺に変わった。だからと言って、こんなにも早く、その現実を受け入れることが、できるものなのだろうか。


 余計な考えはよそう。

 かぶりを振って、俺は応える。


「どうした?」

「天井って、広かったっけ?」


 聞いている言葉の意味がわからず、俺がぽかんと口を開けていれば、オオミも焦ったように、マイに同調していた。


「そうだよ、聖域の扉が開いてねえじゃん!」


 その言葉で、ようやく俺も理解した。

 突如としてはじまった、俺たちの旅路は、そのために、あらゆる準備が整っていない。今日は、地下から聖域に来ている以上、地上の入り口は、封鎖されたままだ。何より、仮に開いていたとしても、穴の広さは、大人一人がどうにか通れる程度。巨大な船を出し入れすることなど、とてもではないが不可能だった。


 そうだとすると、古代人は、どうやって宇宙船を、ここまで運んで来たのだろう。俺たちの先祖が、拠点との交信用に、何らかの方法で、移動させたのだろうか。


 俺にとっては、地上にある扉の存在を、オオミが知っていたのも驚きだったが、やはりマイの指摘が喫緊の問題だ。


 浮上する速度が緩やかとはいえ、すでに、宇宙船の位置は、バケムクロの背丈を越している。ほどなくして、天井にぶつかってしまうだろう。


「隊長、あたいが天井を壊そうか?」

「いや……。それだと、下にいる、モタカ先輩たちの身が心配だ。それより、シイナ。操作して、向きを変えたりとかは、できないのか?」


「急に言われても無理。一応、停止するように、試みてはいるんだけど……、たぶん、間に合わない気がする」


 言うのが早いか、マイが頭上を見あげていた。

 衝撃を警戒し、俺たちは身構えたが、いつまで経っても、あるべき振動が起こらない。

 不自然な動揺に、俺たちは、互いに顔を見つめあう。だれが気がついたのか、窓を指さして声をあげていた。


「あれ」


 釣られて、目線を向ければ、茶色い靄のような何かが、ちょうど、上空から降りて来ているところだった。


 いいや、違う。

 それは、降りて来ているのではない。宇宙船は、なおも浮上をつづけているのだから、俺たちのほうが昇っているんだ。


「どういうこと?」


 シイナの声は、窓が靄で埋め尽くされるのと同時に、発されていた。

 ……。

 しばしの沈黙。だれも何も口にしないので、仕方なく、俺が答えた。だが、俺が言うまでもなく、みんな、心の中では気がついていたはずだ。


「信じられないが……この船は、地上にめりこんでるんだろう」


 俺の発言に、即座に応じる者はいない。

 再び静寂が、この場を支配しそうになったところで、それを拒むように、オオミが独り言ちていた。


「でも、きっと、そのうち止まる」

「……ああ。そうだな」


 俺も同じ意見だった。

 だが、俺たちの考えは、やがて誤りだったことがわかる。宇宙船は、依然として止まらなかったからだ。


 考えてもみれば、一切の衝撃がないまま、聖域の天井に入りこんだのだから、答えは一つしかないようなものだった。

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