7-4

 使姫つかいひめ八幡宮は、学校からかなり近い。直線距離で数百メートル、徒歩でも、十分に満たない位置にある。俺たちの家屋とは、反対の方向にあるので、そこからだと、多少の手間にはなるだろうか。それでも、徒杷ノ邑あだはのさととは、比較にならないほどの簡便さだ。


 まず、道に迷うことがない。

 お役目のため、道順について覚えることに、俺が長けているというのを抜きにしても、明るすぎる太陽の存在で、歩いている場所が明瞭だ。景色についても、クシナの地上とは異なり、繊細に変化していくため、目印として使えるものが、それこそ無数にある。何より、バケムクロと出会わない。これは、通学するときにも、改めて思わされたことなのだが、武術の心得を持たない者が、地上を自由に歩けている、という現状そのものが、想像の域を超えた事象だった。


 学校から出て右。

 田んぼのつづくルートを道なりに進み、両手に住宅地を見ながら通ったら、目の前にはT字路が広がっている。


 そこで右折し、本道へと合流する。

 黙々と進めば、分かれ道の手前に、見逃してしまいそうなほど小さな、古びた岐路がある。そちらに入ると、やがて用水路を越え、右手には森が見えて来る。


 即座に現れる厳かな場所。

 誤って入ってしまいそうだが、そこではない。そちらは、死者を埋葬するための施設で、俺たちが目指す聖域とは、少し趣が異なっている。


 そのまま深緑を右手に歩いていけば、巨大な鳥居が正面から、歩行者を出迎えてくれるだろう。聖域が使姫つかいひめ八幡宮だ。


「校長、ここに来る?」


 疑問に思ったことを永海えみに尋ねれば、補佐官でありながらも、彼女は知らないと答えていた。


「えっ……どうだろ。わかんない」


 妙な話だ。

 常高じょうこうに転校するにあたって、俺たちは、校長から教育方針だの何だのと、この国で生きていくうえでの、心構えを賜ったのだが、あれは、上閲じょうえつとしての言葉ではなかったのか? 使姫つかいひめ八幡宮が学校と近い点からも、つながりがあると予想したのだが、違ったのだろうか。


 黙ってしまった俺を見て、永海えみは、すでに自分の役割を果たしたと、判断したのだろう。俺に向かって重ねて口を開いていた。


「帰り道、わかるかな? 私、部活があるから、戻ろうかと思うんだけど……」


 部活動。

 クシナには学校というものがないので、俺たちにしてみれば変わった風習だが、放課後になると、生徒たちは自主的な活動をしはじめる。必ずしも運動ではなく、中には芸術分野のものが含まれるので、自分が得意とするジャンルの、作業に打ち込みながら、お役目をまっとうするための技術を、学んでいるのだろう。これだけの人間が暮らしているのだから、教える側の人材が、下越市かえつしに不足しているようには、あまり思えないのだが、己から積極的に取り組んでいくという、姿勢自体は大変素晴らしい。


「問題ない。感謝する」


 謝辞を述べた俺は、永海えみが立ち去るのを見送ってから、儀式に必要な道具を並べていった。無論、それらはクシナから持参したものだ。


 聖域の中央がどの辺りになるのか。いまひとつ判然としないので、ややアバウトな作法になってしまうが、致し方ない。


 俺は、精神を統一させ、日没過ぎまで、約三時間をかけて、儀式を執り行ったのだが、神からの返事は一切なかった。

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