5-5

 一つの花で、二つの条件を満たせないならば、複数の苗を用いればいい。とても単純な真実だった。どうして、俺たちは、もっと早くに気づけなかったのだろう。


 顔を見合わせて、俺たちは笑う。

 片方の花を補給用、もう一方を本命用として分け、それぞれを、適切な量の扼能土コーンで覆う。ちょうど、魔力にかかるレーダーを、二つ用意したようなものだった。


 相応の時間をかけたものの、一向に不明瞭なまま、解明の進んでいない事柄も、ここには存在していた。


 宇宙船である。

 俺たちの船は、全くと言っていいほどに、仕組みがわからなかった。それは、操縦しているシイナ本人にさえ、勝手に動いているとしか言えないと、語らせるほどである。


 精度は抜群にいいものの、魔力を多量に食う。初めにあった、異様な消費こそなくなったが、それでも、見知った道具とは、比べようもなかった。


 大昔の古代人は、魔力を使わなかったとされるので、いったいどういうふうに、この船を動かしていたのかは、甚だ不明だ。あるいは、やはり俺たちの祖先が、自分たちのために、ひそかに手を加えたのかもしれない。


 航行をつづけていく中で、休憩所として利用できる星とは、頻繁に遭遇したものの、大量の魔力を有する天体には、巡りあえないままだった。


「本命の秘紅花トロイカイヤにも、扼能土コーンをかけすぎたんじゃない?」


 痺れを切らしたシイナが、ある日、俺に向かってそう言った。

 焦る気持ちは、俺だって同じだが、その考えはありえない。


「シイナだって見てただろ? 補給用の星に反応するたび、扼能土コーンをちょっとずつ増やして、調整したんだ。秘紅花トロイカイヤに異常があるとは、思えないよ」


「そうだけど……」


 それほど激しい言い争いを、したつもりではなかったのだが、これだけ狭い空間であれば、気まずさはすぐには解消されない。おおかた、オオミは、そのことを不安視したのだろう。俺たちの会話に、即座に横から口を挟んでいた。


「でも、ヨキ。秘紅花トロイカイヤには、距離の問題もあったよな?」

「ああ」


 一番最初に、俺がリュックから秘紅花トロイカイヤを、取り出したときのことを、オオミは、言っているのだろう。


「それなら、次からはもう少し、星に接近してみるのはどうだ? 何か、変わるかもしれない」


 それはきっと、変化のない日常に、少しでも新たな刺激がほしいという、みんなの願いを、オオミが代弁したのだろう。俺も、同じ気持ちだった。どこかで、この部隊のリーダーとして、しっかりしなければならないという、驕りがあったのかもしれない。あるいは、もうしばらくマリアに会えていないので、すでに、心の限界が近づいていたのだろうか。


 うなずき、俺は、シイナに頼む。

 快諾した彼女によって、吉報がもたらされたのは、翌朝の出来事だった。


「みんな、起きて! これ!」


 普段、声を張りあげることのない、シイナの悲鳴。

 何か、異常なことがあったのは、火を見るより明らかだった。

 俺たちは、眠い目をこすりながら、大慌てで操縦席へと向かう。

 そこには、本命用の苗を抱きかかえて立つ、シイナの姿があった。

 彼女が、見せつけるように、俺たちに秘紅花トロイカイヤを向けて来る。

 箱の中では、青と赤の混じった花弁が、きれいに咲いていた。


「あたりだ……」


 つまるところ、それは偶然だったのだろう。

 弾かれたように、俺たちが一斉に窓の外を見たとき、その青い星は、まだまだ遠くに見えたからだ。

 だから、それは決して、今までよりも星に近づいたおかげだとか、そういった理由などではない。たまたまだ。


 しかし、確かに俺たちは、その星を見つけたのだ。

 長く、探索に時間をかけただけのことは、あったのだろう。

 のちに、この青い天体が、地球という名であることを、俺たちは知った。

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