3-5

 ウスクさんの答えを聞き、ようやく俺にも理解できた。

 補佐官は、その性質上、上閲じょうえつを聖域まで、護衛しなければならない。バケムクロ退治を専門とする、兜割かぶとわりたちにこそ劣るが、戦闘に秀でていることに、違いはなかった。つまり、俺たち補佐官に、協力を依頼しているのだ。


「なるほど。ヨキ、頼まれてくれるな?」

「承知しました」


 俺は、特に驚きもせずにうなずいていた。

 クシナを旅立つ補佐官には、先輩たちが選ばれるはずだ。間違っても、俺や、モタカ先輩の弟じゃない。


 しかし、そこで候補の一人である、モタカ先輩本人から、声があがったのだ。その声音は、いかにも言いにくいことを話す、そんな響きを伴っていた。


「あの~、ちょっといいっすか? この話の流れだと、日亜知ひあち隊の補佐官には、俺が選ばれそうな感じっすよね? 自分で言うのもアレなんっすけど、俺よか、ヨキのほうが作法にゃ詳しいっす。宇宙船には、ヨキを乗せてください。茘杈れいさには俺が行くっす」


 思いもよらない発言だった。

 反射的にマリアを見る。彼女も、不安そうな表情で、俺のことを見つめていた。

 マリアと離れたくない。

 とっさに抱いた気持から、俺は、つい抗弁していた。


「待っ、待ってください! 俺は、クシナから出てくつもりは――」

「貴様、お役目を放棄するのか?」


 師匠が、今までも聞いたことのないような、恐ろしく冷たい口調で、俺に向かって言い放っていた。


「いえ……滅相もございません」


 反論の余地などない。

 そう答えざるをえなかった。

 俺だって、神のご意思ほど重要なものは、ほかにはないと、固く信じている。

 だけれど……。

 それでも、マリアと離ればなれになってしまう、という不安は、神から見限られるのと同じくらい、俺をパニックにさせるのだ。


 俺の葛藤をよそに、ウスクさんによって、日亜知ひあち隊のメンバーが、次々に選ばれていく。

 ウスク隊長を筆頭に、俺・オオミ・シイナ・マイ。それから、茘杈ノ邑れいさのさとから来る石勠いしあわせを合わせた、合計六人だ。この面々で、近日中にも、クシナから離れることになる。


 顔合わせもほどほどに、ウスク隊長は、マイを引き連れて、茘杈れいさに出発する準備をはじめる。その中には、モタカ先輩の姿も見えた。


 目が合うと、先輩は自ら、俺のほうへと近寄って来た。


「悪かったな……マリアがいるのに」

「いえ、そんなことは……」


 本当は、モタカ先輩のことをなじりたかったが、かろうじて俺はこらえる。――というよりも、先輩の表情を見ていたら、とてもではないが、文句など出て来なかった。


 その口元に、見たこともないほど寂しげな、ほほえみが浮かんでいたからだ。


「お前は、俺が宇宙船を嫌ってるから、押しつけたんだと思ってるだろうが、それは違う。言ったことは本当だ……と思う。まっ、嫌いな理由は、アチオさんと同じだけどな。……クシナを出るために作った乗り物が、俺は、どうにも好きになれねえ。おりゃ、上閲じょうえつには、幼いときから本当に憧れてたんだぜ。神の声を届けるお役目ほど、立派なものはない。お前だって、そう思ったからこそ、上閲じょうえつを目指してんだろ? だが、やっぱり心のどっかでは、師匠たち上閲じょうえつが、宇宙船を使ってる姿なんか、見たくなかった。それはきっと、儀式を勉強する姿勢にも、表れちまったんだと思う。補佐官としての力は、俺よりヨキ、お前のほうがはるかに上だ。自信を持て。……俺の代わりに、上閲じょうえつを目指してくれ。俺は、これを機に、兜割かぶとわりに転向する」

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