8 マリアとの再会

 師匠たち上閲じょうえつからの、適切なアドバイスを受けるまで、俺のすることは、なくなってしまった。日々、日本人に溶けこもうと、試みてはいるのだが、どうしてもどこかで、完全には馴染めない部分がある。普段の練習が実を結び、言語こそ、だいぶ話せるようになっていたのだが、それでも俺の心は、たとえどれだけ離れていたとしても、やはりクシナにしか存在しないのだ。もっと言ってしまえば、先日の慌ただしい一件が、焦燥感という形になって、俺の言動にも現れていたのだろう。


「恋バナしようぜ!」


 休み時間に、一人の男子生徒がそう言った。名は龍大りゅうだいだ。知り合ってから、まだ日は浅かったが、友と呼んでさしつかえないほどに、俺とは親しくしてくれている。龍大りゅうだいを筆頭とした男子のグループに、俺も属しているような具合だった。


「突然だな」

多伍たくみ。お前、部活は吹奏楽だろ? あそこ、女子いっぱいいんじゃん。だれか、気になってる子とかいねえの?」


 やり玉にあがったとう・・多伍たくみは、驚いたように、スマホから急に目を離していた。


「俺かよ? 言い出しっぺはどうした」

「やめとけ、やめとけ。こいつ、綾乃あやの先輩一筋で、面白味の欠片もねえぞ」


 多伍たくみ龍大りゅうだいに混ぜ返せば、即座に別の生徒が、大げさなジェスチャーを交えて茶化す。聞いた龍大りゅうだい本人は、心外だと言わんばかりに、これまた、演技じみた振る舞いをしてみせた。みんな、じゃれあっているのだ。


「なんでだよ。いいだろ、綾乃あやの先輩! あの健康的な太もも……最高だわ。あ~あ。俺もこんなことなら、バスケじゃなくて、陸上をやっとくべきだった」


「動機が不純……」


 ちょうどそこに、教室に戻って来た永海えみが現れ、眉をひそませながらつぶやいていた。おおかた、手洗いにでも行っていたのだろう。


「なんだよ、永海えみ。男同士の会話に入って来んなよ。……あれ、ちょと待て。永海えみ、お前の部活って、陸上じゃね?」


「そうだけど?」


 いまいち意図をつかみかねたのか、永海えみは、片方の眉をつりあげながら聞き返す。


「なんという幸運! 綾乃あやの先輩の連絡先、教えてくんね?」


 溜め息。

 盛大に、はあ~っと息を吐いた永海えみが、首を横に振って歩きだす。いかにも、呆れたというそぶりだ。


「知らない。知ってても、あんただけには、絶対教えない」

「マジかよ~。お前、ケチだな。ヨキには、結構優しくしてんのに。……そうだ、ヨキ! お前、外国育ちだろ? 故郷に女とかいねえの?」


 自分に振られ、俺は、龍大りゅうだいに向きなおる。見れば、歩きだしたはずの永海えみも足を止め、こちらの様子をこっそりと窺っていた。そういえば、これだけ親しくしてもらっておきながら、俺は、クシナについての話を、永海えみに一度もしたことがない。気を遣って、自分から尋ねることを、あえてしなかっただけで、俺の故郷については、永海えみも気にはなっていたのだろう。

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