第19話 雨

「そろそろ帰るよ」


 時計を見て何かを思い出した俺は、慌てて机に出してたものをカバンへ入れていく。


「もう帰るの?」


「今日、シフト入ってる日だったことすっかり忘れてた」


「テスト前にシフト入れてるの? テスト前ぐらい休んだらいいのに……」


 確かに立川の言うことは正論だが、テスト前だろうがバイトをすることは前から決めていた。


「あっ、まだ雨降ってるし折りたたみ傘貸してあげるよ」


 カバンからごそごそと折りたたみ傘を取り出した立川は、その傘を俺に渡す。


 けど、俺が使ったら……


「立川が帰るときにもまだ降ってるかもしれないし、受け取れないよ」


 そう言って傘を返そうとしたが立川は受け取ろうとしない。


「ううん、いいよ。帰ろうとしてる5時くらいには雨止むみたいだしどうぞ使って」


 今ここで遠慮してもおそらく立川は、俺が受け取るまでいいよと言い続けるだろう。ここは、ありがたく受け取っておくのがいいのかもしれない。


「ありがとう、立川。じゃあ、またな」


「うん、バイト、頑張ってね」


 立川は、手を振って見送るので俺も手を挙げて教室を出た。


***


 バイト先であるカフェまで立川から借りた傘を使って移動していた。雨は、強くなる一方で本当に借りてよかったのかと思い始めていた。


 もし、このまま雨が降っていればバイトを早めに切り上げて立川を迎えに行こう。


 キッチンに立ってラテアートをしていると背後から白井先輩が声をかけてきた。


「朝井くん、テスト前じゃなかった? 勉強しなくて大丈夫なの?」


「あっ、はい。勉強はちゃんとしてますので大丈夫かと……」


 大丈夫とハッキリ言っていいほどではないので言葉を濁した。すると、白井先輩が隣に立って俺が後でやろうとしていた分をやり始めた。


「バイトもいいけど勉強もしっかりやっておかないと後で後悔するよ。私みたいに」


「後悔?」


「うん。私、大学生だけど行きたい大学に後一歩のところで合格できなかったの。だからさ、朝井くんも悔いのない勉強をしなよ」


 笑って話すが、白井先輩からは私みたいにはならないでと俺にメッセージを送っているように思えた。


 確かに勉強とバイトの両立は難しいが家庭のことを考えると少しでも俺が頑張らないとと思ってしまう。


「わかりました。白井先輩の言葉はしっかりと胸に刻んでおきますね」


「うん。ところでさ、頑張ってる朝井くんに私からご褒美をあげようと思うの」


「ご褒美? 何ですか?」


「ん~、ここで言うのもあれだし、バイト終わったら話すよ。終わるの6時だったよね? 私も今日は6時で帰るから一緒に帰らない? その時にそのご褒美がなにか教えてあげるよ」


「6時ですか……わかりました」


 時計を見ると午後5時になっていてそろそろ立川が学校から出る時間だなと思い外を見ると雨が降っていた。


 立川、俺に傘貸したから持ってないよな……。

 迎えに行った方がいい気がするが雨宿りのために来店するお客さんが多く、とても抜けれるような状態ではなかった。


 傘って学校で貸し出ししてたっけ?

 とりあえず立川にどうするのかメッセージで聞いてみよう。


「白井先輩、一瞬で帰ってきますのでここ任せていいですか? 家族に連絡したいんで」


「別にいいけど何かあったの?」


「妹が傘持ってないので連絡しようと───」


「ここは、任せていいから妹、美奈ちゃんを迎えに行ってきたら? もし、店長が来たら私が何とか言っとくし。あれ? けど、確か朝井くん、折り畳み傘で来てたよね? 良ければ私の傘使って迎えに行きなよ」


「えっ、そんなこと……」


「折り畳み傘って小さいし、私の使って」


 ここで断るのも悪い気がしてきたので俺は、ありがたく借りることにした。白井先輩から傘を借りて急いでカフェから出て学校へ向かった。






***






「止む気配ないんだけど………」


 下校時間にである5時になり、ロッカーから靴を取り出し、校舎から出て帰ろうとするが、雨が降っていた。


 折り畳み傘は、朝井くんに貸してしまったため濡れて帰らなければならなくなった。天気予報の嘘つきと思いながらスマホをカバンから取り出していつ雨が止むのかを確認した。


 うわ、最悪じゃん!


 6時まで雨になっており、しばらくは雨が続くことを知らされ私は、大きなため息をつく。そんな私の横を同じくこの時間まで自習をしていた生徒達が傘を差して帰っていく。


 これは、走って帰るしかないよね……。

 よしっ!


 濡れて帰ることを決意して、スマホをカバンに入れていると後ろから声をかけられた。


「美奈? もしかして傘持ってきてないの?」


 後ろをゆっくりと振り返るとそこには私と同じグループの森拓哉もりたくやがいた。森くんは、サッカー部に所属しており女子に人気でいわゆる何でも出来て誰にでも優しい系男子だ。


「うん、忘れちゃって……。濡れて帰ろうかなと思ってたところなの」


 ヘラっとして笑うと森くんは、隣で傘を差した。


「濡れて帰ったら風邪引くし、傘、入りなよ。美奈の家まで送るからさ」


「いいの?」


「いいよ、友達が困ってるんだし。もし、二人でいるのが嫌ならこの傘は美奈に貸すよ」


 彼がここまで言ってくれたので私は、傘に入った。送ってくれるのは嬉しいが家まで来られると後でめんどうなことになる。


「家まで遠いから申し訳ないし、駅まででお願いします」


 私がそう言うと隣で森くんは、笑った。


「何で敬語? じゃ、駅まで行こうか」


「うん、ありがとう、森くん」






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