第16話 過去
私には、父親と何かをした記憶がほとんどない。記憶喪失とか、私が単に忘れているだけとかそう言うわけではない。仕事が忙しくて一緒にいられる時間がほとんどなかっただけ。
小さい頃から中学1年の頃までずっとそうだったから父親との大した思い出はあまりなかった。だが、一つだけ思い出はある。それは、家族で行ったキャンプだ。私がわがままを言ったこともありお父さんも行くことになった。
家族でどこかに行くのはそれが最初で最後だったことなんてあの時は思っていなかった。
中学生になってまもない頃のある日の週明けの月曜日、私は、珍しく早い時間に目が覚めた。
お父さんは、いつも朝早くから家を出るので朝に会えることはない。けれど、この時間ならお父さんに会えると思い、寝室から私はリビングへ向かった。だが、父の姿はなかった。
すると玄関の方から物音がしたので私は急いでリビングから玄関に向かった。だが、行った時には父の後ろ姿が数秒だけ見え、そのまま玄関の扉は閉まった。
そしてその日、お父さんは、事故に遭い、家に帰ってくることはなかった。
あの後ろ姿は今でも覚えている。あの時、家を飛び出して少しでもお父さんと話せばよかったと今もずっと後悔している。いってらしゃいと一度でも言いたかった。もっと……話したかった。
言い出せばキリがないぐらい私は後悔してばかりだ。あの時、こうしていれば……あの時、お父さんを引き止めていればと……。引き止めていれば何かが変わっていたかもしれないと思ったりもした。けど、そう考えても起こった出来事を変えることは出来ない。
お母さんと2人暮らしをし始めた頃から私は、変わった気がする。
前までは勉強なんて適当にやってやりたいことだけをやってきた。けど、今はお母さんに少しでも楽してあげたいと思い勉強を今まで以上にやり、安定した生活が送れるようにと将来のことを考え始めるようになった。
家でのこともほとんどお母さんに任せっぱなしのところがあったが、今は自分からやるようになった。一人でも生きていけるように、お母さんを支えられるような私になるために。
自分のことや家庭でのことでいっぱいだった私の中学生活3年は、誰かに恋をすることや友達と遊んだりすることもなく勉強だけで終わった。
高校からは、変わった。苦手な子やそこまで好きじゃない男の子とも仲良くして八方美人なんて言わせないぐらいにみんなと親しく接していた。
交友関係は、大事なんだ……人との付き合いが苦手な私だが高校生からは交友関係を大切にして悪口を言われない人間になろうと思った。だが、いい子を演じているうちにいつの間にか私は誰かから褒められたり、可愛いって言われたりして優越感に浸りたいがために優等生を演じ始めていた。
思ってもないことを口にしたり、無理にみんなに合わせたり……。
いっそのこと思ってたことをすべてみんなの前でぶちまけてみるのもいいかなと思ったり日もあった。けど、そんなことをしてしまうと今まで作り上げてきたものがすべて失われる。そう思った私は、誰も来ないであろうところを見つけてそこで思ったことを口にして溜まったストレスをすべて吐き出していた。
それが学校の校舎裏……人が来るかもしれないと思ったがまぁ、ここには来ないだろうと甘い気持ちを持ち自分がいた。
そう……その時、目の前に現れたのが彼だった。私のことなんて全く見れくれなくて、何に対しても興味なさそうな彼と……。
***
俺には、母親との思い出はほとんどない。思い出せる記憶といったら病室で話したことぐらいだ。自分が5歳の頃、お母さんは倒れてその日からずっと入院していた。
「今日も来てくれてありがとね、悠斗」
頭を撫でられて謎の安心感があった。
「お母さん、いつ元気になるの?」
ふと思ったことを口にすると撫でていた手を止めて、一瞬だが、お母さんの顔が悲しそうに見えた。
「そうね……もうすぐかしら……」
もうすぐ……その言葉は、その日が初めてではなかった。何度聞いても返ってくる答えは同じ。もうすぐとは一体いつなんだろうと聞く度に思っていた。
中学2年になったある日、俺は、まだ病院にお見舞いに毎日行き続けていた。
「お母さん、退院したらどこか行きたいところとか、したいことはない?」
退院するという話は出ていないが、もし退院出来たら俺は、お母さんに何かしてあげたかった。
「悠斗と幸司さんの3人でどこか行くのもいいわね。けど、悠斗ももう中学生だし、友達と遊ぶ方がいいわよね?」
お母さんの言葉に俺は、首を振った。
「ううん、友達と過ごす時間も大切だけど家族と過ごす時間の方が大切だから。だから退院したら3人でどこか行こう。もちろん、どこに行くかはお母さんの希望の場所で」
そう言うとお母さんは、嬉しそうに笑った。
「悠斗」
名前を呼び、お母さんがこっちに来てと手招きしていた。何だろうと思いながら俺は、ベッドの近くにイスがあったのでそこに腰かけた。
「ん? どうかしたの?」
そう尋ねると、お母さんは、俺の手を握ってきた。あの時のお母さんの手の温もりは今でも覚えている。
「もし、悠斗に家族と同じくらい大切な人が出来た時は、必ずその子のことを大切にしなさい」
「家族と同じくらい大切な人……」
それが友人なのか、恋人なのか……わからないが俺は、首を縦に振った。
「わかったよ。じゃあ、帰るね」
「気を付けて帰るのよ」
「うん……」
明日もまた話せる……そう思っていたけれどその日がお母さんと話す最後の日だった。
***
家族と同じくらい大切な人が出来たら……それはもしかしたら新しい家族のことなのかと最近は思う。美奈さんと香帆さんはもう家族だ。大切な人であることは間違いないだろう。
けれど、お母さんが言っていた家族と同じくらい大切な人というのが美奈さんと香帆さんと言われれば違う気がする。家族以外の存在だと俺は、思う。
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