第70話 エピローグ
「この海に来たの何年前だっけ……」
海の浅いところを裸足で歩いていく彼女は後ろを振り返り俺に尋ねてきた。
「7年前」
「はやっ、もうそんなに経つんだ。時の流れは早いもんだね」
「忙しかったからじゃないか?」
「ふふっ、そうかも」
彼女はそう言って左手の薬指を見て嬉しそうに笑う。
「そろそろ帰らないか? 終電来るぞ」
「えっ、もうそんな時間? ちょっと待ってね、靴履くから」
慌てて海から砂浜の方に出ようとしたその時、美奈は、バランスを崩した。咄嗟に彼女の手を掴みなんとか転ばずにすんだ。
「な、ナイス、悠斗」
「そんなに焦らなくても大丈夫だから」
安定した場所で靴を履いた方がいいと思い、俺は彼女を背中に背負って場所を移動する。
「は、恥ずかしいよなんか……25にもなっておんぶは……」
「裸足で歩いたら怪我するぞ。おんぶが嫌ならお姫様抱っこにするか?」
「それはもっと嫌」
諦めたのか美奈は俺の背中にぴっとりとくっ付く。
「こんなこと昔話あったよね。夏祭りの時、私が鼻緒ずれして悠斗が背中背負って家に連れて帰ってくれたこと」
「あったな……美奈、全然頼ってくれないから俺のこと信用してないのかと思ってた」
「信用してるけど今まで頼ってきたことがないからあの時すぐに言えなかったのよ」
あの時はありがとうと後ろから囁かれ俺は、小さく笑った。
***
「ただいま~」
「誰もいないのに言う必要あるか?」
2年前から俺と美奈は、一緒に住んでいる。大学でも一緒に住もうかと話になったが、お互い別の学校へ通うことになったので俺は一人暮らし、美奈はあの家に残った。
「いなくても言うの。ダメなの?」
「いや、ダメとは言ってない」
「なら言う。悠斗、お帰り」
「ただいま」
当たり前のような言葉は、いつか当たり前にならなくなる日が来るかもしれない。相手が急にいなくなり後悔する。
言葉は言える時に言っておかないともしかしたら一生言えないかもしれない。
「お母さんがさ小さい頃俺に大切な人ができたら必ずその子を大切にしなさいって言われたんだ」
「大切な人……?」
「うん、多分俺にとって大切な人は家族でその中でも一番大切な人は美奈だ」
「きゅ、急な告白みたいな言葉だね」
顔を赤くしながら彼女は、キッチンからリビングのソファへと座る。
「美奈は大切な人はいる?」
「私も悠斗と一緒。家族が大切だよ。けど、一番大切な人って言われたら悠斗って答える」
「悠斗、これからも私の一番近くにいてね」
俺は、隣にゆっくりと座り、彼女の手を両手で優しく握った。
「もちろん、一番近くにいる。好きだよ、美奈」
「うん、私も悠斗のこと大好きだよ」
ソファの上で俺と美奈は抱きしめ合った。人の温もりが感じられ、俺は、彼女をこれからも大切にし守っていきたいと決意した。
【完結】私は君を好きにならないから君も私のことを好きにならないで 柊なのは @aoihoshi310
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