第28話 こういう時ほどわがままになっていいんじゃないか?
「み、美奈さん……目の前にオレがいること忘れてませんか?」
俺は、慌てて背を向け、美奈さんに尋ねる。
「ん? 忘れてないよ。別に全部脱ぐわけじゃないんだからここで着替えたっていいじゃん」
美奈さん、さらっと危ないこと言いましたよね? 家族だからって無防備すぎだろ。
前にベッドに押し倒した時だってそうだった… 美奈さんは全く俺を警戒してない。
「だからって下着も見るわけにもいないじゃないですか。美奈さん、無防備すぎますよ」
「……ほんとだね。これじゃあ、悠斗くんに下着見てっていってるようなものだね」
そう言いながらも背後からカサカサと音がする。まさか下までここで着替えてないだろうな。
「あっ、もうこっち向いていいよ」
美奈さんからそう言われオレはおそるおそる後ろを振り返る。するとあることに気付く。
美奈さん、スカート履いて寝てたっけ?
「ねぇ、悠斗くん。髪下ろしてるのと髪くくってるのどっちが好き?」
美奈さんの服装を見ているとどっちの髪型がいいか尋ねてきた。
「どっちでも好きだよ……。美奈さんは可愛いんだからどっちの髪型でも似合う」
「何その感情のない言い方。まぁ、くくるのめんどいし下ろしとく」
美奈さんは、そう言って荷物を持って部屋を出ていった。
あんな言い方をしたがどちらでも似合うと思ったのは本当だ。まぁ、どちらかと言うと見慣れてる方が好きかな。
***
「見て、悠斗くん。射的だよ!しゃ、て、き!」
射的の屋台を見るだけでテンションが上がれるなんて凄いな。ここに来てから美奈さんはずっとあのテンションだ。
父さんの実家から帰ってきたその日の夜、俺と美奈さんは家に荷物をおいてすぐにお祭りが行われているところへ向かった。すぐにと言っても美奈さんが浴衣を着てから家を出たわけだが、美奈さんの浴衣姿は予想以上に似合っていて今こうして屋台を回ってる時にいろんな人から美奈さんのことを見ていた。
俺なんかが隣にいてもいいのかと思ってしまう。
「やりたいならやったらいいんじゃないか?」
射的の屋台の前で立ち止まる美奈さんに俺は、そう言った。すると美奈さんが両手でオレの両手をガシッと掴んだ。
「やり方、教えて」
「へっ?なんで?」
「何でって、やり方がわからないから教えてって言ってるの。一度やってみたかったんだぁ~」
射的は小さい頃にやってから一度もやってないしな……教えてあげられるかどうか……。 けど、美奈さん、さっきから教えてアピールしてきてるし断る方がめんどうだよな。
「わかった。教えるよ」
「やったっ! じゃ、教えてね……お兄ちゃん」
完璧な上目遣いに俺は目のやり場を失う。
か、可愛いなっ!けど、絶対口には出来ん!!
「あぁ、やるからには欲しいもの狙ってとろう」
「うん! あのクマのキーホルダーがほしい」
小さなクマのキーホルダーを指差した美奈さんは屋台の人にお金を払い射的の銃を持った。そして後ろで立つ俺に笑いかけた。
「一回、教えてもらわずにやってもいいかな?」
「どうぞ、美奈さんがやりたいように……」
「よしっ!」
隣でやっている人のをチラッと見て美奈さんは、銃を構え小さなクマのキーホルダーに狙いを定める。
一度見て出来たら凄いな……。
「あ~、やっぱりダメかぁ~」
「初めてにしては上手かったよ」
「ふぇっ!?」
俺が美奈さんに覆い被さるように背中にくっついて射的の銃を一緒に持った。
「何、変な声出してんだよ」
「だっ、だって、急に──」
「教えろって言ったのはそっちだろ?ほら、前見て肩の力抜いて」
美奈さんと距離が近いが今は気にしてられない。多分、美奈さんにドキドキしてるのバレてる気がする。
「じゃ、いくぞ」
「う、うん……」
美奈さんと一緒に引き金を引くと小さなクマのキーホルダーは下へ落ちた。すると美奈さんは台に射的の銃を置いて俺に抱きついてきた。
「見た!? 取れたよ! 取れたよ!」
美奈さんはそう言ってすぐにバッとオレから離れ目の前に両手を出してきた。
「ん? この手は?」
「喜びのはいタッチだよ。ほらっ、手、出して」
「お、おう……」
両手を出して俺と美奈さんははいタッチした。
パチンと音がして美奈さんはニコニコしながら店の人から落とした小さなクマのキーホルダーをもらっていた。
「悠斗くん、ありがとね。絶対に大切にする」
小さなクマのキーホルダーを持った美奈さんはそう言ってカバンにそっと入れる。
「キーホルダーなんだし付けたらいいんじゃないか?」
「付けたら外れるかもしれないでしょ?」
「まぁ、うん……そうだな。次、どこ行く?」
次どこ行くかと聞くが俺達はお祭りに来てからいろんな屋台を見て回っている。もうほとんどの屋台を見回ったと言ってもいいだろう。
「んー、もうすぐ花火の時間だし場所取りしに行こっか」
「そうだな。にしても……人、多いな」
花火の時間が近づいてきているからか来たときより人が増えてきた。
「美奈さん、橋の上が見えやすいみたいだから移動しようか」
「あっ……うん……」
歯切れの悪い返事にオレは美奈さんが何かに困っていることに気付く。そういうことか……
「美奈さん、そこ座って」
「えっ?」
「いいから座って」
「う、うん……」
美奈さんを近くあったベンチに座らせ俺は、下にしゃがみこんだ。そして美奈さんの足首を持ち足を見た。
「ひゃっ!」
急に足を触られ美奈さんは、また変な声を出した。
「やっぱり……下駄で長い時間歩いてたから鼻緒ずれしてるじゃないか。歩けるか?」
「歩けるか歩けないかって聞かれたら歩けないかもしれないし、頑張ったらあるけるかもだし…」
普通に歩けないって言えないのか?
オレは、どうしようかと考えた結果、美奈さんに背を向けた。
「えっ、何?」
「背中乗って」
「えっ、そんな……私、重いし……」
「花火見るんだろ? こういう時ほどわがままになっていいんじゃないか?」
いつもやりたいことは口にしているのにこういう時は遠慮するのかよ。
今日ぐらい素直になったら───
「連れていって……悠斗くんと一緒に花火が見たいから」
後ろから美奈さんの小さな声が聞こえた。その声はオレの耳にしっかりと届いた。
「うん、一緒に見よう」
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