第29話 新たなダンジョン

 フェロー国のダンジョンはミリーフから5日かけた場所にあるところだった。そのダンジョンから1日馬車に乗った場所に町があるけれど、一度ここに寄ってから、詳しいダンジョン情報をカシムさんたちが聞き込みしていた。


「いきなり向かうってわけじゃないんですね」


「まあな。ダンジョンは正直命がけのところもある。舐めて挑むと危険だからな」


 わりと経験者のカシムさんでも慎重になるほど恐ろしい場所なのだということだ。そうだよね、事前の情報があるのとないのとでは全く対応も違うよね。

 ミリムちゃんとキースくんがふむふむと聞いていた。先輩の話を熱心に聞く二人は初々しい。でも、大切なことだ。



 私はこのギルドにある衣類を回収することにした。受付の人が目を丸くしていたけど、まあもう慣れてしまった。やはり別室に積まれていて、仕事が捗るなと思ったよ。

 金貨3枚だったので、ミリーフの町と相場は同じくらいだ。でも、微妙にデザインが異なったり、初めて触れる生地もあったので収獲はあったと思う。


「私もそろそろ本格的に稼がないとなあ。空間拡張や新しい機械を買うのはまだまだだなあ」


 買うだけ買って、これまでの報酬はバザーで売った衣類とトマスさんの銀貨5枚、ライフさんの銀貨2枚くらいしかない。乗合馬車代は払ったし、リンネさんのところでも本は買ったし、クリーニングの資材なんかも購入したので、懐がどんどん寒くなっていく。

 スペンサー草を売ることも考えたけど、これはもうちょっと持っておこう。まだ1年以上は生活できる資金はある。


 その後にいくつかの店に回って必要な物資を買い込んで、ダンジョンへと向かった。


「あ、鑑定具で確認するのを忘れてた」


 また鞄を鑑定できなかった。


「そう? まあ私も自分の服の鑑定したけどさ、思ったよりも減ってなかったんだよね。新調してからそんなに使ってないからかな、2ヶ月あってもほとんど減ってなかったってのは不思議だけどね。私もそれなりに強くなったってことだ」


 あははとハンナさんが笑っている。

 そうか、残存回数を減らさないで仕事をすることだって切実な問題だよね。強い人ほど省エネで生活していく、これも生きる知恵なんだろう。

 逆に新米とか弱い人だとがんがん効果を使っていくし、しかもお金もないということになるのだから、ちょっとその構造はおかしいのではないかとも思う。だから、冒険者の離職率は群を抜いて高いというどこか身につまされる事実がある。

 まあ、最初は特別な環境でない限りは効果のない装備品で挑むことが多いので、結局のところ効果に頼らない強さが一定レベル以上なければ務まらない、そういうことなんだろうな。


 わりと慎重なはずのカシムさんとヨハンくんは確認していなかった。

 どうやら、ハンナさん基準で残存回数をカウントしているようだ。ハンナさんが一番に消費するから、それが参考になるんだって。まあ、そういうこともあるのか。謎の信頼だ。

 どちらかというと、防具よりも武具の方だけを鑑定する人が多いらしい。圧倒的に使用するのは武具の効果のようだ。


「私の短刀は全体的に20ほど増えていました。あのヨークさんという職人はすごい方です」


 キースくんは鑑定具で調べていたようで、その数がすごいのかどうかはわからないけど、ヨークさんはすごい人なんだろう。ただ、ヨークさんは「こりゃ思ったよりも凄い逸品だ」と驚いていたようだった。魔法付与も特別な効果なんだって。


「上限が50だとしたら、並の職人は5、一流になると10、それ以上になると達人に近いと言われているな」


 カシムさんが教えてくれたことだ。

 へえ、ヨークさんって達人レベルだったってことか。今頃は折りたたみの傘の試作品をみんなで作っているんだろうな。達人たちのお遊びにしては遊びとは言えないほどの高品質になるんだろう。



 途中に珍しい鉱物が取れるところに立ち寄って、資源を回収していった。こういうのもゴボスさんが昔に見つけた穴場らしい。ケージくんがせっせせっせと鉱物を鞄の中に詰めていたので、私もいくつか回収した。目を惹く宝石が埋め込まれているのもあって、こういうのも加工できたら良いアクセサリーになるんだろうなと思う。

 ハンナさんたちは魔物討伐にいそしんで、魔物の回収を行っていた。


「おっ、こんなところにスペンサー草が!」


「チカさんの幸運、続きますね。普通は年に2回も採れませんよ」


 ケージくんに褒められた。

 前に採取したくらいの量だったので、それらを丁寧に引っこ抜いて鞄の中に入れた。これで生活資金の足しになる。こういう幸運は続くんだよな。



 次の日の夕暮れにダンジョンに辿り着いた。


「うっわ、人が多いな」


 町と変わらないほどの人混みだ。200人くらいはいると思う。


「こうやって人が集まるところで商売をするんだよ」


「へえ、あ、でも建物もありますね。急遽こしらえたんですかね」


「たぶん、空間系スキルの持ち主がいるんだと思うよ」


 私の店よりは小さいけれど、3軒ほどお店らしき建物がある。空間系スキルの持ち主には会ったことがないのでちょっとどんなお店なのか見てみたい。

 他はテントなどが張ってあって、冒険者と言われてる人たちはテント暮らしをするようだ。


 その場所から少し離れていて、開けていた閑静なところに私は店を召喚した。


「ふうー、さすがに今日から攻略ってのはやめた方がいいね」


 ハンナさんもお疲れのようだ。

 すぐに夕食の準備にとりかかった。今回の馬車の旅では、キースくんが料理を手伝ってくれることが多かった。


「私も手伝う」


「いえ、お嬢様は触らないでください!」


 せっかく張り切っていたミリムちゃんの好意を無駄にするとはなんとも駄目な男だキースくんよと思ったけど、「お嬢様は料理が苦手なんです、特に味付けが」と真顔で言ってきたので、もしかしたらキースくんの勇気ある拒否だったのかもしれない。


 この二人はお嬢様と従者、そういう関係なんだろうけど、自分たちから境遇を話そうとはしない。カシムさんたちも詳しく訊くことはない。

 カシムさんとミリムちゃんは、時代劇のDVDに夢中になっていて、殺陣について話し合ったりしている。そういうところで気が合うらしい。ミリムちゃんは忍者が好きなようだ。


 ちなみに、ミリムちゃんたちやゴボスさんたちにも私が別の世界からやってきたことは話してある。



 一時的に私、ハンナさんたち、ミリムちゃんたち、ゴボスさんたちの8人暮らしになったけど、まだぎりぎり住めるくらいだ。外でテント張って寝ることに比べたら天国だ。最悪、1階に寝泊まりすることだってできる。けど、それは勘弁してほしいな。


 ゴボスさんとケージくんは、しばらくはこのダンジョンと町との間を行き来することになった。ダンジョンに向かってくる人もいれば、去って行く人たちもいるのでそれなりの需要があるようだ。

 鞄も持っているから、このダンジョンで必要となるものも購入して商売をする、そういうことも考えているとのことだ。私もこういう姿勢は見習わないといけないな。

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