第16話 ラッキー!

「よっと、これでいいかな」


 辿り着いた天然の果樹園は壮観だった。

 色とりどりの果実がたわわに実っている。行儀悪いけど一口かじると、瑞々しい。果汁が服に染み付くと厄介だけどね。

 これは町の人たちも嬉しいんじゃないかな。ゴボスさんが昔に見つけた隠れた果樹園のようだ。途中に魔物が出没するから、強い護衛がいる場合に立ち寄ることがあるのだという。


「よーし、ケージ、ガンガンむしってこい!」


「はあ、自分は動かないんだから」


 ゴボスさんは馬車に残って見張り役だった。カシムさんも同じだ。

 鞄を持ったケージくんが私たちと一緒に果実を採取する。ケージくんは戦える人のようだ。


「あ、そうだ。ケージくん、この靴履きなよ。私には大きすぎて困ってて」


「いいんですか? わーい、新しい靴だ」


 靴一つとっても大事なことだ。この世界では歩くことが多いので、こうした靴は自分の足に合ったものを履いておきたい。


 それから小一時間、私たちはひたすら採取、時々魔物が出てきたらハンナさんとヨハンくんが仕留めて、それを鞄に入れ、また果実を採取していった。果実以外にも薬草なんかもあったりする。

 綺麗な水もあるらしくって、空になったペットボトルに何本か入れておいた。店の水は軟水だけど、ハッバーナの井戸水は硬水らしかった。この世界の水って全般的にどうだろうと気になっていたからだった。


「あの上にあるのはちょっと届きそうにないかな。あれはただの草か」


 ものすごく中途半端なところに変な草が生えている。雑草はこの世界でもたくましい。


「あれはスペンサー草ですよ! 強力な薬が作れるって話です。それ以外にも用途があると聞いています。滅多に見つけられない草なのに、チカさん、幸運の持ち主ですね」


 ケージくんが興奮している。そうか、幸運か。だったらあの町でも幸運で居続けたかったよ。


「でも、届かないなー」


 10mくらいは離れているし、ロッククライミングもできそうもない。


「飛んでも無理ですね。全然届きそうにないや。根が重要らしいので投げて葉だけを落としても意味な……」


 ケージくんがそう言いながら飛ぶと、私の視界から消えた。えっ?


「うわーー」


 上空から声がする。

 すぐに上を見るとケージくんが跳躍している。世界新記録どころではない。

 驚いているケージくんは、でも降りてくるタイミングにしっかり合わせて両手でスペンサー草を根本からむしり取った。なんというたくましさだ。そして、静かに着地した。


「ち、チカさん……」


 君は世界チャンピオンだよ、ケージくん。


 騒ぎを聞いたハンナさんとヨハンくんが駆けつけてきたので事情を説明した。


「うーん、もしかしてその靴には【跳躍】や【飛行】の効果が1回くらい残ってたんじゃないか? 【跳躍】の方かな」


 ヨハンくんはハンナさんと同じ意見だった。魔法付与の効果で一番驚いた。いや、あんなに飛べるってすごいな。


「もう一回試してみます」


 ケージくんはそう言うと、また高く飛び、そしてスペンサー草をむしってきた。それがあと4回続いて、すべてのスペンサー草を回収できた。


 この【跳躍】や【飛行】の効果は残存回数が1回であっても何回かは飛べ、距離や時間でカウントされるようだ。


 【飛行】だったら一時的に空中に浮いたり移動できたりすることができるらしいから、おそらく【跳躍】なんだろうという話に落ち着いた。


 【飛行】の効果はマント類に施されることが多くて、魔法付与の効果も武器なら攻撃系、靴なら靴なら移動系、マントなら防御系みたいにある程度の方向性が決まっているようだ。靴と【跳躍】は相性がいい、だから定着しやすい、そういうことらしい。

 一流の素材と職人と魔法付与師だと、たとえば武具に防御系、防具に攻撃系の効果を付与できるということだ。


 武具や防具に基本となる魔法付与の効果をつけ、その調整を腕輪や首飾りやイヤリング、靴などでするようだ。効果が重なったら無駄になるので、どういう組み合わせをするのかもハンナさんたちが頭を悩める問題なのらしい。


 へぇ、面白いなあ。

 その場合だと残存回数が0になってなくても不要になる装備品も出てくるような気もするけど、やっぱり3回4回くらいだと惜しいものなんだろうな。




「いやー、ケージくん、お疲れ様。大した仕事だよ」


「この時期のスペンサー草って、かなり良い値段で売れますよね」


 ケージくんがヨハンくんに訊いた。


「うん。今の時期はそうだね。鮮度も大切だから、この状態で持っていったらしばらく遊べるくらいにはなるよ」


「そっか。でも、これは……」


 そう言うとケージくんがスペンサー草を私に渡してきた。


「いやいや、全部は多いって。私は見つけて、見てただけなんだから。せめて私は3分の1でいいよ」


「いや、半分はもらってくれないと」


「だったら、ヨハンくんたちと三等分、もうそれで決定!」


 こうしてスペンサー草を分け合って、馬車に戻って来た。

 カシムさんとゴボスさんは二人で語り合っていたが、スペンサー草を入手したと聞くと、ゴボスさんがケージくんに「よくやった」と褒めちぎっていた。

 

 その日も店の中に泊まり、翌日、夕暮れ前にミリーフの町に辿り着いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る