第15話 残存回数が残ってる?

「何だい、これは!」


 朝食後に着替えに行ったハンナさんたちが大声を上げた。朝食は冷凍していたパンを焼いて、ハムや卵料理、味噌汁などを作った。


「ごめんなさい、何か不都合なことをしちゃった?」


「違うよ、こんなに鮮やかだったんだと驚いただけだよ」


 ハンナさんの仕事着と言っていいのかわからないけど、ハンナさんのベルトにはトレードマークのようなものがあった。サッソンさんのマークみたいなものなんだろう。ブランド品なのかな。

 これは新調したものではなくて、もっと前からハンナさんが使っているものだった。ベルトには魔法付与なんてあるんだろうか。

 ちょっとすり切れていたり色落ちしているところがあったので色修正をして補足した。これまでに処理をしたことのある生地や繊維だったので、注意点もわかっていたのが良かった。

 一応、ノートに自分なりにまとめている。


「こういうのも私の仕事なんです。できる限り復元させたいなと思って」


「そういう精神は好きだよ。皺もなくなってるね。昨日着させてもらったものも良い着心地だったよ」


「あ、そうだ。ああいう服などは私には着られないものも多いので、良かったらみなさんこれからも使っていただけると幸いです。古着だから嫌じゃなければですけど。他にもありますから、お好きなものを選んでください」


 女性物やアクセサリーならともかく、男性用の衣類は私には着こなせない。まあ、全然駄目というわけではないけど、そんな格好を見られて眼を飛ばされても困る。


 バザーみたいに売ってもなぁ。他国で同じような騒動を起こして目を付けられて、また別の国に行くというのも正直しんどい。

 ただ、衣類の買い取りはこれからも続けていいかなと思っている。スキルアップのためにもクリーニングはやっていかないといけないしね。

 違う町や国のものは別の町や国で売る、身近な人で欲しければ差し上げる、これが現実的かな。


「いいんですか? 僕、昨日の服、すごく滑らかで好きでした。なんでしょう、とっても穏やかになったというか」


「ヨハンくんのは、似合ってたね。ああいうのが普段から着られるといいよね」


 冒険者稼業の人たちもそういう風になっていけばいいけど、やっぱり魔法付与の効果が重要になるから難しいかな。



「へぇ、俺はスライムが洗浄するようなもんかと思ってたが、全然違うんだな」


 ゴボスさんが嬉しそうに言った。ゴボスさんとケージくんの衣類は冒険者用ではなかったけど、気合いを入れすぎてピッカピカにしてしまった。驚きの白さだ。


「スライム洗浄ですか?」


 スライムってあの国民的な魔物だろうか。


「違う国にあるんだが、スライムに汚れを食わせる、そんな場所があってな」


 ひええ。どうやらスライムというのはネバネバしたゼリーみたいな魔物らしい。おっかないなぁ。


「それって大丈夫なんですか?」


「うーん、それが評価が難しくてなぁ。確かに汚れを食わせて綺麗に見えるが、食い過ぎて穴が空いたりするって話だから、高級な衣類を預けるのはよした方がいいって話さ」


 たとえば、不溶性の物質や粒子が繊維の間に挟まっていて、スライムがそれを食べるというのなら確かに汚れは落ちるようには思える。

 しかし、酸化などの化学反応を起こした部位だと元に戻すことはできないと思うな。漂白するなどの細かい指示が行き届くとも思えない。不可逆反応が多いから、前の状態にはならない。


 そんなに上手い話ではなさそうだ。

 私もゴボスさんと同じく、スライムで洗浄をしたいとは思わない。それにしても私の仕事上のライバルはスライムか。ははは、ヘビーモスじゃなくて良かったよ。



「いろいろな服も着たいなと思いますけど、やっぱり荷物になるからなぁ」


 ケージくんが迷っている。ヨハンくんよりも年下だけど同じくらいの背丈だから二人の服は交換可能に見える。


「だったら、この鞄なんかに入れちゃえば楽になるじゃないかな?」


 ヨハンくんとケージくんにそれぞれに鞄を渡した。

 鞄類も沢山あって、溜まっていくだけなので在庫を処分したいなと思う。ほつれていたところを手縫いして、見た目にはあまり汚くはないはずだ。まあ、基本的に破損箇所が多かったのでそこまでクリーニングをした感じがないのが残念だ。


「ちょっと待ってください、チカさん。これって【収納】の効果がまだありますよ」


 【収納】という初めて聞く効果をヨハンくんが言った。


「【収納】? 何それ?」


「【収納】っていうのは見た目の容積以上に中に物を詰め込めるんです。魔法付与師には難度が高くて、たいていはそういうのを持っている自然の素材から作られるものばかりです」


 どうやら、【収納】はそういう効果であり、【収納・小】だと詰められる量が多くなって、こういうのは一部の魔法付与師が付けられるらしい。【収納・中】を越えると重さもほとんど感じなくなったり、容量も増えるようだ。


「それって残存回数ってどうなってるの?」


「【収納】はそうですね、平均して5年から10年、長いものでは本当に30年とか50年とかあるらしいです。今は鑑定具がないのでどのくらいなのかはまだわかりませんけど、魔力は感じますね。付与じゃなくてスキルとして持っている人もいますよ。チカさんのこの空間系スキルも似たようなところがあると思います」


 残存回数1/1で1年、残存回数10/10で10年、そんな感じのようだ。


「だったら、そういう効果のある鞄をみんなタダ同然で売ってたってこと? 勿体ないなぁ。あと1年はないにしても、数日なら使えるんだよね?」


「おそらく」


 ケージくんの持っている鞄もそういう効果があるらしい。私が使っていた鞄もそうだった。妙に軽いなと思っていたけどそういう事情だったんだね。


「その鞄も二人に渡すよ。いつ効果が切れるかわからないから、それだけを理解してくれたらの話だけど」


「いや、こんな高価なもの頂けませんって!!」


 二人が声を合わせて固辞してきた。


「いやいや、まだ鞄はあるんだから!」


 どどんと5つくらいの鞄がある。


 ヨハンくんが確認をしてくれて、全部に【収納】効果があるようだ。重さも感じないからおそらく【収納・中】以上らしい。なんでそれがわかるんだろう。ヨハンくんには魔力感知というスキルがあるようだ。

 それにしても本当にこの世界の人たちの物の価値観っていったいどうなっているんだろうかと心配になる。

 押し問答の末、二人は渋々受け取ってくれた。


「これを売ってしまえば……」


 ゴボスさんがちょっと悪い顔になっている。


「父さん、そんなことをしたら絶対許さないからね。母さんに言いつけるよ」


 ケージくんにたしなめられた。

 まあ、乗合馬車のような人たちにとっては【収納】のある鞄があると随分と商売の幅も広がるんだろうなと思う。




 こうして時間はとられたものの、私たちは馬車を出して出発した。

 今日も途中に町には寄らないで、たぶん店を召喚することになる。ゴボスさんとハンナさんが強く希望をしてきたからだ。カシムさんは時代劇の続きを観たいようだ。

 明日の昼に目的地に到達する予定だ。


「そういえば、私、次の町ってどういう場所か詳しく知らないんだよね」


 ゴボスさんとケージくんの家がミリーフの町にあるようだ。

 これについてはカシムさんが教えてくれた。


「ミリーフの町はハッバーナよりも賑わっている町だな。人口も多いしな。個人的にはミリーフの方が生活はしやすいと思う」


「そういうところでも衣類の買い取りってできるんですかね?」


「ああ。だいたい町にはそういう回収所みたいなところはあるから行ってみるといい」


 ハッバーナとは別のデザインのものが多いんだろうな。そういうのはわくわくする。


「お、そうだ、せっかくだからちょっと寄り道をしていいかい?」


 ゴボスさんが私たちに訊いてきた。

 なんでも、真っ直ぐにミリーフに行くのではなく、少しだけ別の道を通ると、自然の果樹園があったりして、そういう果実がわりと人々には好まれているようなのだ。


「私はこれからの予定は立ってないので大丈夫ですよ」


「私たちも同じく」


 よし、と言うと、ゴボスさんが張り切った。まあ、そういうのでお金を稼ぐことも必要だろうな。

 途中で魔物と遭遇する可能性はあるけど、カシムさんたちは「問題ない」と言っていた。それに魔物の素材も売買できるので回収するのは大いに結構なことのようだった。魔物の解体とかは勘弁してほしいかな。


「それなら鞄に入れたらいいですよ」


「でも鮮度が大切なんじゃないの?」


「【収納・中】以上になると時間の経過が発生しないんです。たぶんこれは【中】以上の鞄だと思いますし」


 すごい世界だなあ。ますますそういう便利な効果が残っている鞄を売った人たちの神経がわからないよ。


「あ、もしかしてみんな、それで一稼ぎしようって思ってる?」


 みんなが私の方を向いてにやっと笑った。うん、そういうのは嫌いじゃない。お金は稼がないとね。

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