第17話 ミリーフの町

「うっわー、ここがミリーフの町なんですね」


 ハッバーナとは違って、広いなあと思った。

 一軒一軒が密集していなくて、でも人はそれなりに歩いている。お店なども賑わっている。ここも東西南北の町の拠点として機能している町のようだ。


「そういえば、チカちゃんはこれからどうするんだい?」


「うーん、そうですね。ちょっと調べ物をしたいかな。この町でもいろんな衣類を扱うことになりそうだから、そういうのがわかる資料を見つけ出せればいいなと思ってます」


 ハンナさんたちもしばらくはこの町を拠点にして活動をするらしい。傭兵、護衛、魔物退治、いろいろとあるらしい。


 ゴボスさんの家はこの町にあるようで、今回は結構稼げたからしばらく乗合馬車は止めるらしい。それでいいのかと思ったけど、そういう人生もいいのかもしれない。


「俺の家の隣に土地があってな、あそこに店を出してみてもいいぞ」


「本当ですか? それは助かります」


「いいって。本当にあんたらには今回は助けられた。せめてもの礼ってことで」


 ゴボスさんの家まで着くと、奥さんと娘さんが出てきた。事情をゴボスさんが説明をしているようだ。


「ああ、ハンナさんたちも私の家で生活してもらっても大丈夫ですよ」


「本当? いやあ、宿代も3人分だと結構馬鹿にならないからね、そいつは助かる。その代わりにこの町にいる間はヨハンをこき使ってもらって構わないから。食費なんかはこっちで持つよ」


「もう、また僕に押しつけて。まあ、でもチカさんの頼みだったら断れませんね」


 ヨハンくんぷくっとふくれっ面をしてハンナさんに言った。


「ありがとう、ヨハンくん」


 到着してからもう夕暮れ時なので、もう少ししてから店を召喚しよう。周りにはあまり人家も人通りもないので、しばらくの間はそんなに気にも留めないだろう。



「本当に主人と息子がお世話になりました」


「いえいえ、こちらこそ安全に送ってくれて助かりました」


 ゴボスさんの奥さんはカレーナさんという人で、娘さんは13才のターニャちゃん。

 ケージくんの頑張りを主張したものの「どうせケージに押しつけたんだろう」とカレーナさんは一蹴していた。日常的にカレーナさんの尻に敷かれているのが目に浮かぶ。



 それからしばらく会話をして、「そうだ、今のうちに衣類を回収しにいかないか?」とハンナさんたちが言ってくれたので、私たちはハンナさん、カシムさん、ヨハンくん、そしてケージくんとともにギルドのある方へと向かって行った。


 ギルドの中では、今回採取した果実などを買い取ってもらえるそうだ。ハッバーナの町のとは違って、一つの大きな建物にいろいろな部署があるとのことである。


「おう、カシムじゃねえか。久しいな」


「ああ、しばらくこの町に滞在するぞ」


「そりゃ助かる。仕事を回すからな、覚悟しとけよ!」


 ギルド内に入ると、カシムさんに声をかける人がいた。ハンナさんたちにも声をかけていた。この人たちもわりと有名な人たちだったんだな。

 ハンナさんが担当者に話をつけてくれて、衣類の回収はスムーズに行われた。


「すみません、なかなか整理がされておらず、溜め込んでしまっているんですが」


 担当者のお姉さんが涙目になっている。身内の恥を晒す、そんな羞恥心なのかもしれない。

 これは何十着あるんだろう。衣類以外にもアクセサリーなどもある。新しい素材もありそうだが、ハッバーナの物よりも悪い意味で年代物が発掘されそうだ。


「じゃあ、これ全部買い取ります」


「えっ? 全部ですか?」


「はい、全部です」


 担当者のお姉さんは嬉しいのか驚いているのか、不思議な表情を浮かべていた。

 ここまでになると価格も大雑把になってしまったけど、金貨3枚で回収することができた。

 ハッバーナよりは随分と高いなと思ったけど、誤差の範囲内だ。これだけあれば、経験値になると思うし、スキルもレベルアップするかもしれない。


 今持てる分だけを、そう思ったけど、ヨハンくんが「鞄を使えば楽ですよ」と言ってくれた。ああそっか、そういう活用ができるんだ。これまでのように何度も荷車で行ったり来たり、しかも変な格好で運ばなくて済むのは助かる。店内も広く使える。


 正直、処理をしていない衣類をいつまでも作業場に置いておくのは衛生的じゃないと思っていたので、鞄の中に入れられるのなら安心だ。


 こうしてマスクとゴム手袋をつけて自分の鞄に衣類の山を掻き込んだ。本当に容量が大きいっていうのは便利だ。小部屋が閉店日のお店のように何もない空間で満たされている。臭いと埃がすごいのでこの部屋は掃除をした方が良さそうだ。




「へえ、そんな珍しいお客さんがいるのは面白いな」


 私たちに声をかけてくる男性がいた。このギルドの偉い人だろうか?


「紹介が遅れたな。このギルドのマスターをやってるトマスだ。今後とも宜しくな。いやあ、この山をどうしようかと頭を悩めていたんだが、引き取ってもらえて助かった」


「いえいえ、これからも是非」


 トマスさんは30代半ばくらいの人で、カシムさんたちとも知り合いのようだった。

 ハッバーナの町のカールさんは商業のギルドマスターだった。冒険者ギルドの方にもそういうマスターがいるということのようだ。この人はたぶん強い人なんだろうな。


「ん? その右腕につけている生地って何なんですか?」


 トマスさんの右腕に肘まではないけど手首付近を覆う薄い水色の腕当てらしきものがある。アームカバーでもなさそうだ。珍しい装身具だ。


「ああ、これかい? 良いところに目を付けたね。これは水竜の皮でできてるんだよ」


 ヘビーモスと言い、水竜と言い、なんとも初めての素材にお目にかかれるものだ。


「竜っているんですね」


「まあね。俺も昔見かけたけどね。これはもう10年以上前に討伐して、その時に作ってもらったんだよ」


「色落ちはしていないんですね。いつも身につけているんですか?」


「そうだねぇ、もう付与効果なんて消えちゃってるけど、なんとなく外したくないんだよ」


「ああ、その気持ちわかります。思い入れがあるって素敵なことですよ」


 色の薄れたところもあると思ったけど、元々そういう皮だったようだ。綺麗な色だな。水竜もこういう色の生き物なんだろうな。見たところ、汚れがあるとしたら腕に密着している箇所と、ウロコとウロコの間の溝だな。


 ヘビーモスのマントと同じように、水竜の腕当てにも強力な魔法付与効果があったらしい。

 トマスさんのスキルには水を放出できる魔法というのかスキルというのか、そういうのがあって、その水の威力を増すことができる効果なんかがあったということだ。なんでも、この大きな建物くらいの容積の水が出せたというから、大洪水レベルだと思う。

 それは魔法付与師が付けたものじゃなくて、元々の水竜の素材に付与されていて、水竜の素材は水関係のスキルを大幅に底上げするのだ。

 他の効果は有名な魔法付与師に付けてもらったらしい。


 竜って蛇だと聞いたことがあったけど、爬虫類の革製品だろうか。パッと見た感じではそう見える。

 私は蛇革の製品をクリーニングしたことはなかったけど、祖父だったら経験がありそうだけどな。

 祖父の遺品を整理していた時に、いくつかの素材に対する視点や方法みたいなのをまとめたノートがあった。何冊もあって、定期的に書き込んでいた記憶がある。

 その時には読む余裕がなかったけど、時間が空いたら読んでみよう。



 ケージくんは果実やスペンサー草を引き取ってもらっていた。

 そのお値段なんと金貨12枚。果実の値段よりもあの少量のスペンサー草の値段が破格だったようだ。しかも鮮度が良くてちょうど需要があった草だったようだからサービスされたという。やはり根まで採取できたのが大きかった。


「臨時収入があって良かったね」


「はい、これでしばらくは裕福に暮らせます」


 カシムさんたちも魔物などを売り払っていた。こちらも鮮度が良かったようだ。ただ、ヨハンくんの判断でスペンサー草はしばらく売らずに持っておくということだ。


「どうして売らないの?」


「うーん、なんというか、勘ですかね」


「勘?」


「はい。これから先に出会う人が使うかもしれない。薬師とか特別職の人だと、もっと高く買い取ってもらえる可能性はありますから」


 ああ、商業ギルドを経由するとそうなっちゃうのね。そういう使い道もあるのか。その言葉を参考にして、私も売らずに保管しておくことに決めた。




「へえ、すごいもんだねぇ」


 カレーナさんとターシャちゃんがお店が出現したことに驚いていた。運良く周りには人々もおらず、急に出てきたことは見られなかった。まあ、この町には空間系のスキルを持っている人がいるということだったので、疑問には思われないかもしれない。

 それでも明日には少しは騒ぎになってくるかもしれないけど、ゴボスさんが「まあ、そっちの方が俺が適当に話をしておくよ」と言ってくれた。


 それから店に入ると、カレーナさんが申し訳なさそうに訊いてきた。


「主人と息子から聞いたんだけど、シャワーっていうのがあるのかい?」


「はい。ああ、いつでも利用されても大丈夫ですよ」


「そうかい。ありがとうね」


 カレーナさんとターシャさんが喜んでいる。

 ハッバーナの町の人たちと比べて、この町の人たちは衛生観念みたいなのが強いのかなと思った。これは私にとっては嬉しいことである。

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