第24話 冒険者ギルドのトラブル
今日の夕食にはいつもよりも一人多い。
「だからね、私もついにキレそうになったんだけど、我慢したんだよ。わかってくれる、チカさん」
ギルドの受付のお姉さんのリリーさんが家にやってきて酔っ払っている。
何度も衣服を回収しに行くと、たいていはリリーさんが担当してくれたので自然と話すことが増えていって、仲良くなってしまった。
リリーさんは30才くらいの人なんだけど、いつもお仕事の時には仕事のできる人って感じに見えていた。
けれど、乱暴な人たちもいて、いわゆるクレイマーも多く、ストレスが溜まっているようだったので、一度うちへ招待をしてもてなしたのだった。
「私らの中にも礼儀のなってないやつが多いからね。一度ぶっ飛ばせばいいよ」
ハンナさんがリリーさんを慰める。ハンナさんやカシムさんたちは善良なお客さんらしく、でもそういう人たちは珍しい方なのだそうだ。
「受付だからって舐めんなよって感じだよ。くっそー」
「まあまあ、リリーさん、お酒はそのへんにしましょうね」
接客業は大変だ。私が祖父と働いていた時にはそういう人は少ない方だった。
どちらかというと、世間話をする人が多くて、地域密着の店だからこそそういうことになっていたのかもしれない。
それでも、トラブル回避のために、毎回いろんなことを確認していた。
「ポケットの中身は空ですか」「このシミはどういうシミですか」「ここにほつれがありますよ」「これだとおそらく完全には落ちないと思います」とか、マニュアルのようなものはある。
ギルドの受付にもそういう対応マニュアルがあるんだろうと思う。それがあっても罵声を浴びせられたら哀しくなるし、体力だって消耗されるだろう。精神だってゴリゴリと削られていく。
気づいたらリリーさんは話すだけ話して静かに眠っていた。
「このままだと皺になっちゃう」
ギルドの受付は制服みたいなものがあって、いつも同じ服装だ。たぶん何着もあるんだろう。普段から丁寧に扱われているんだろうなと思う。
リリーさんを別の部屋に運んで、ぱぱっと制服だけ脱がしてから寝間着を着せて、布団の中におしやった。朝までにはお酒も抜けているかな。
「お疲れ、チカちゃん。まあリリーさんも溜まってたんだねぇ」
「私はあまり利用しないのでわかりませんけど、粗野な人が多いんですかね」
ハッバーナの町で食堂にやってきた人たちはそんなでもなかったな。特にマーサさんが親しくしている冒険者の人たちは愛嬌があるというか、変な話だけどかわいらしいと思ってしまった。クリーニングをしてあげたら目を丸くして驚かれたのは嬉しかった。
「うーん、どうかな。わりと駆け出しの頃は成果を出したくて意気込んで、でも焦って依頼を失敗して信用を失ったり罰則金を支払わされたり、そういうことが積み重なると八つ当たりするやつは珍しくないよ」
いやあ、そういう八つ当たりは別のところで解消してほしいよ。
「僕たちもそういうところありましたよ」
「えっ? そうだった?」
ヨハンくんの言葉にハンナさんが驚いていた。おやおや、雲行きが怪しくなってくる。
「はい。ハンナさんがよく他の冒険者の人たちを睨んでたのは覚えてますもん」
「そうだったな。俺とヨハンが謝っていたのが懐かしいな」
まあ、ハンナさんもそういうところがあったのだそうだ。
ハンナさんたちはもともとカシムさんが先に冒険者になり、ついでハンナさんが加わり、最後にヨハンくんと合流したという。カシムさんは10年以上のベテランだ。ハンナさんは村の守りをする人だったらしくて、冒険者登録は遅かった。
この世界では成人が15才で、ちょうどヨハンくんが成人になった日に3人で組むことになったようだ。だから、冒険者としての経験はハンナさんとヨハンくんは時期的に同じになる。
「私は、いいんだよ。でもさ、私らの頃にもいたじゃん。潰し屋が」
「潰し屋ですか?」
何やら物騒な話になってきた。
「そうそう。新人をわざと失敗させるように、『この依頼を受けると良いことあるぞ』とか『この依頼主は恩を売っておくといいぞ』って、身の丈に合わない依頼を受けさせて、失敗させるやつら。潰し屋。私の機嫌が悪かったのは、そういうやつらに対してだって」
「あー、言われてみたらそうでしたけど、普通に善良な人にも態度悪い時がありましたよ。ねえ、カシムさん」
「俺たちが謝ったのはそういう人たちに対してだ」
新人が潰れていくのを見てあざ笑うなんて趣味の悪い人たちがいるものだ。
まあ、やっかみで私に石を投げたり、店の外を汚すような人たちだってこの世界にはいる。どうしてそんなことをするのか理解に苦しむし、理解なんて一生できないし、したいとも思わない。
「じゃあ、後片付けはよろしくね。私はリリーさんの制服をクリーニングしてくるよ」
調理と洗い物担当はヨハンくんで、たまに私も日本の料理を作る。カシムさんも手伝うし、配膳なんかはしてくれる。ハンナさんは、まあ総監督みたいなものだ。しっかり食べて呑んでいるのにプロポーションが保たれているということは、運動量がそういうことなんだろうと思う。
30分程度で制服のクリーニングを終えた。リリーさんの制服はあまりシミなどはなかった。手入れが行き届いていたんだと思う。こういうのは嬉しいな。
他にも残っていた衣類をクリーニングしていった。
翌朝、すっきりした顔で「おはよう」と元気よく挨拶をしてきたリリーさんには驚かされたけど、ストレスが発散できて良かった。
リリーさんは朝にシャワーを浴びて、まあこれには驚いていたけど、さっぱりと身体を綺麗にしてクリーニングをした制服を身に纏ってからギルドへと向かって行った。きちんと化粧道具も持っていたのだから、泊まるつもりできたのかもしれない。リリーさんからはこの町の化粧品売り場の情報について教えてもらった。
私も今日は衣類の回収があったのでついて行くことにした。ハンナさんたちも一緒だった。
ミリーフのギルドは24時間営業で、朝も晩も賑やかなものである。ハッバーナよりも人口が多いから活発なんだろう。
「おい、お嬢様に汚い手を触れるな!」
ギルドの入り口で何か騒ぎがあった。
ヨハンくんくらいの男性が、誰かと言い合っているようだ。その男性の後ろには後ろに髪を一つ結びしている少女がいた。
「キース、止めなさい!」
少女がそのキースと呼ばれた男性を強い口調でたしなめている。
「俺たちは善意で助言してやったんだ。失敗したのはお前たちの力量不足だろう、へへへ」
「鑑定具の結果を偽ったくせに、何を言う!」
キースという男性がなおも突っかかっている。
「ちょっと、私闘は罪に問われますよ。それにゲラハさん、他の方に助言するのは止めてくださいと以前から申し上げていますよね?」
「ちっ、またお前か。おい、行くぞ」
リリーさんが格好良く飛び出していって、争いを鎮めた。
男性たちが不愉快そうに去って行った。何だか嫌な感じの人だなと思った。私に石を投げた人たちの雰囲気にどこか似ている。
見物客がいたけれど、興味がなくなったのか、みんな散り散りに消えて行った。見てたんなら止めたらいいのに。本当に野次馬って嫌だな。
「ミリムさん、でしたよね。それからキースさん。一体何があったんですか?」
「それは……」
先ほどの勢いは消えて、キースという人が途端に静かになった。代わりにミリムという少女が説明をした。
「私たちの判断が甘かった、そういうことです」
はっきりと、でも悔しそうにミリムという子が言った。
それにしても今は夏だからいいとしても秋の始まりも垣間見える時期だ。それなのにミリムとキースという子の格好がやけに薄着で、肌着としか思えないほどだ。ハンナさんたちのように防具を一切身に纏っていない。あえていえば、武器を持っているくらいだけど、随分とあべこべな格好だ。
「すみません、みなさん。お二人に事情をうかがうので私は失礼します」
リリーさんが二人と一緒にギルドの中に入っていった。
「何だったんだろう?」
「あいつらが潰し屋だよ。たぶん、あの二人に嘘でも言って依頼を失敗させたんだと思うよ。身なりも剝がされた、装備品を売ったんじゃないかと思うよ」
「ええ、そんなことあるの? ちょっとそれは酷いなあ」
いろんな世界があるものだ。
負債を抱えた人は、誰かに買われて労働者となって長く勤めてから解放されるという。意図的にそういう状況にさせる、こんな悪意を抱く人たちだってこの世界にいそうだなと思う。奴隷に付ける道具もあって、そういうのを身につけさせられると、主人の命令に逆らうことができない。これは闇の部分が大きそうだ。
私たちもギルドに入っていって、ハンナさんたちは依頼を受けて別の場所に行き、私も衣類を回収していた。さすがにこれ以上を回収するのもどうかなと思って、全てではなく比較的珍しいものだけを選ぶようにした。何度かクリーニングをしたことのある素材については買い取りをしない。お金も貯めないといけないからね。
ちょうどギルドから出た時に、先ほどの二人とばったり出くわした。事情聴取は短かったようだ。
「さっきの……」
あ、声をかけるべきではないよな。変な人だと思われてしまう。ただ、格好が気になる。せめて何かを着てほしい。
「私たちに用事でもあるのですか?」
私をミリムという少女がきっと睨んできた。
16、17才くらいかな、日本の高校生くらいに見える。しかも綺麗な顔をしている。クリーニングをしたものを着せたいなと思った。この子に合うのが何着かある。
もちろん、もう一人の男の子にもだ。
「もしよろしければなんですが、うちへいらっしゃいませんか? 失礼ですが、衣類などを無償で提供しているんです」
「私たちを侮辱しているのか!」
そりゃそう思ってしまうよね。でもね、お姉さんは君たちのような若者が肌着みたいな格好で町をうろうろしているなんて放っておけない。
「いえ、そうではありません。私は衣類関係の仕事をしているので、どうしても気になってしまうんです」
必死のアピールが通じたのか、私が無害だと思われたのか、少女は警戒を弛め、私の言葉に従ってくれた。それから二人を店へと案内した。
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