第25話 潰し屋

「それって酷い!」


 私は二人の事情を聞いて憤慨してしまいそうになった。


「いや、いいんだ。人を安易に信じてしまった私たちが悪い」


 ミリムちゃんがはっきりと言った。


「いえ、お嬢様。あいつらが悪いんです」


 キースくんはミリムちゃんのことを「お嬢様」と呼んでいるのが気になったけど、この二人の関係はちょっと謎だ。ミリムちゃんは良いところのお嬢様ということなんだろうな。もしかして貴族だったりするのかな。だったらあまりお金には苦労はしないように思うのだけど。  

 あれこれとそのあたりは詳しくは訊かないことに決めた。



 二人はあの男性たちに嘘の情報を掴まされたのだという。つい先日この町にやってきたようだ。二人とも若いから駆け出しの冒険者ってことなんだろうな。


 依頼内容はここから半日歩いたら辿り着く、近くの村にいる魔物討伐だった。

 ただ、その魔物は毒を霧状にして吐き出すので、少なくとも毒消しか、毒を無効か軽減する効果のある装備品を着用することが一般的のようだ。

 液体状の毒だったら回避はできるけど、霧状だとそれは難しい。


 かなり実入りのある依頼で、緊急依頼でもあったのだけど、二人は一度は諦めた。

 それをあの男性たちが「これが【毒無効】の装備品だ」と首飾りを二人に売ったのだという。1回分しかないから格安で売ったそうだ。

 でも、その首飾りの残存回数は0だった。その確認を怠ったまま魔物討伐に向かい、案の定、毒を受けてしまって退散して、依頼も失敗して、毒の治療のために売れるものを売った、こういうことだ。


「私たちに見る目がなかったんだ」


「自分たちに非があるような言い方はしちゃいけない。悪いのはあの人たちなんだって。騙す方が圧倒的に悪いんだよ」


 本当にそうだよ。そうでもしなければ生きていけない、そういう事情があるならまだしも、あの男性たちにそんな事情があったとは到底思えない。人を騙して、そのことに悪趣味な幸せを感じている。下劣にもほどがある。


 二人のお腹が鳴る音が聞こえる。ああ、食べるものも摂っていないのだ。


「ちょっと待ってて。まずは腹ごしらえをしないとね」


 すぐに冷凍庫からご飯を取り出して解凍して、チャーハンを作った。

 ご飯は冷凍していたけど、【収納・中】効果のある鞄だと時間が経過しないのでラップに包んで鞄に入れちゃえばいいのだと気づいたのだけど、つい習慣で冷凍庫に入れてしまっていた。なんとなくいつ切れるかわからない効果だからという理由もある。冷凍庫を空ける良い機会だ。


 朝食の残りの味噌汁もあったのでそれも温めて二人に出した。もっと胃に優しいものの方がいいかなと思ったけど、気にせずに食べてくれた。

 

 今朝、お隣のカレーナさんから新鮮な野菜もいただいたので、サラダにした。


「かたじけない」


 こんな子たちが社会の悪意に翻弄されるのは、黙って見過ごすわけにはいかない。なんともやりきれない現実だよ。

 まあ、警戒しながらも結局押しに弱そうなところにつけ込まれたんだろうな。まだ要領を得ない世界のことだ、戸惑いなんかもあったのかもしれない。


「お金もないんでしょう? しばらくはここに住んでもいいよ」


「そんな。そこまでの迷惑なんてかけられない」


「このうちに誘った時からもう迷惑なんて丸抱えしたつもりだから、気にしないで」


 若者二人をこのまま見捨てる方が良心が痛い。

 いろいろと悩んだそうだが、二人は最終的に「ありがとうございます」と言った。ちょっと大所帯になるけど、ハンナさんたちもわかってくれるだろう。



 おそらく、魔物討伐の依頼に失敗してから落ち着かない日々だったんだろう。よく見ると顔にも汚れがついているし、服だって言うまでもない。二人には交替でシャワーを浴びてもらって、冒険者っぽい衣類を選んで、着替えとして渡した。


「おお、やっぱり、二人とも似合うな」


「お世辞でもそう言われると、照れるな」


 スタイルが良いので、格好も見映えがする。

 ミリムちゃんは拳で殴るタイプで、キースくんは短剣で狩る、そういう戦闘スタイルのようだ。だから、毒を吐く魔物には遠距離から攻撃することができなかった。


 ただ、ミリムちゃんが装着している右手のグローブには中距離を攻撃できる魔法付与がなされているらしくって、魔法みたいな火の玉や光の玉が飛び出せるようになっているのだという。それは凄い効果だ。ゴキブリなどを仕留めたいよ。


「それもあの人たちが嘘を言ったってことなんだね」


「ああ、鑑定を他人に経由してもらうなんて、今思うと完全に失態だった」


「いえ、お嬢様の責任じゃありません。俺がもっと確認していれば良かったんです」


 依頼前のミリムちゃんのグローブは残存回数が0に近かったそうだ。


 ギルドに鑑定具があるのは、冒険者や護衛の人たちが自分の装備品の魔法付与の残存回数を定期的に確認するためなのだという。リリーさんに「ご自由に使って結構ですよ」と言われた時に教えてもらった。


 日々過酷な労働をしていたり気にしすぎる人は1ヶ月に1回、のんびりとしていたりあまり使用頻度のない人は半年くらいに1回確認するのだという。年に1回という人も稀ではないようだ。

 平均して3ヶ月に1回くらいは自分の装備の効果の残存回数を確認するらしい。


 あの男性たちはミリムちゃんのグローブに鑑定具を当てて、「まだ1回分残ってるぞ」と嘘の情報を流した。だから、毒を吐く魔物であっても距離を取ってから倒せると踏んだようだ。依頼を受けた魔物の数も一体だけだったという。

 それってギルドでなんとかしてくれないのかなあ。でも、証拠がなければ動けない、そういうことなんだろうな。それはハッバーナの町でも同じことだった。盗聴器なんてものもない世界だ。


「これに頼っていたのが良くなかったんだろう」


 ミリムちゃんは黒いグローブを外していた。指が出るハーフフィンガーグローブで、甲の部分にマークがある。これもどこかの工房で作られたのだろう。

 使い古されているけれど、あまり傷んでいるようには見えない。綺麗に直したらこれも一つのファッションだなと思う。


「もう使わないの?」


「いや、新しく買うことはできないので、しばらくはこれを使い続けるよ」


「だったら、少し手入れをさせてもらっていい? 私はそういう仕事をしてるんだよ」


「それは構わないが、残存回数が0だぞ」


「だからって無価値じゃないでしょう? 価値を決めるのは残存回数じゃなくて思い入れだよ」


「……」


 そうか、そうだなとミリムちゃんが言った。まあ、冒険者の人たちにとっては私の言葉なんて甘ちゃんなんだろうけどさ。


 使用されている素材はわからないようだ。こういうのはヨークさんの方が詳しそうだったので、二人と一緒にヨークさんの工房を訪れた。




「おお、なんだ。また新しいものでも持ってきたか!」


 日傘の素材の候補を絞れてきたらしく、傘も完成間近で、折りたたみ傘も試作品ができていた。本当にこういう情熱を傾けられる人は凄いな。


「いえ、ちょっとお尋ねしたいんですが、このグローブの素材を教えてもらえたら助かるんですが……」


 ミリムちゃんたちの詳しい事情は言わないでいたが、所有者がミリムちゃんであることは伝えた。


「ほおー、珍しいな。ケトル国の職人のやつだよな?」


「なっ、なぜそれを!?」


 ケトル国と聞いて、キースくんが一瞬だけ警戒した。

 ケトル国はこの国よりも北の方に位置する国だ。二人はそこからやってきたのかな。


「この甲の部分の印があるだろう? これはケトル国の、えっと誰だったかな、忘れちまったけど、とにかくこの手のグローブ作りの名匠が有名でな。今はもう作ってないから、その筋の人間には高く売れるらしいぞ。確か、結構上位の魔法付与がなされてあったはずだ。といっても、さすがに効果は切れてるか」


「はい、おっしゃる通り、私が譲り受けた時には放出系の効果しかありませんでしたが、かつては【物理攻撃・大】【素早さ・大】【状態異常軽減・中】などが施されたと聞いています」


 素人ながら、その効果がすごいことだけは私にもわかった。それって全盛期は無敵なんじゃないだろうか。私がつけても破壊力がありそうだ。


「なるほど。この素材はキングベアの素材だな。キングベアならそのくらいの効果は付与できるな。ひえー、こんなに細かな構造をしてるのか。噂には聞いていたが、なかなかの逸品だぞ。うちの爺さん並だ」


 ヨークさんの言葉を聞いて工房の他の人たちがいろんな角度からグローブを観察している。折りたたみ傘の時みたいだ。


 キングベア、確か図鑑に載っていた。

 熊なんだけど、最強の熊らしくて、体格は大きくて獰猛な魔物だ。その中でもある部位は特上の素材になっていて、こうしたグローブに用いられるようだ。

 素材の特性として衝撃にも強いので、破損することはまずないという情報だった。取り扱い方もそこまで難しくはない。


「ありがとうございます。じゃあ、ミリムちゃん、このグローブを綺麗にしていくよ」


 頭の中でどういう工程で仕上げていくかをシミュレートしてみた。うん、これならいける。


「お、その少年の短刀もケトル国の工房で作ったやつだろう?」


「はい、これも昔に譲り受けました」


 キースくんがヨークさんに渡すと、この短刀もみんなして観察している。

 

「ちょっと切れ味が悪くなってるな。まあ、嬢ちゃんへのせめてもの礼だ。少し手を入れてやるよ。それでいいか?」


「助かります」


 ヨークさんはそう言って、キースくんの短刀を丁重に布にくるんだ。そっか、金属系は腕が確かな人が打ち直したり補強したら、残存回数が増えるんだっけな。


 短刀の鞘は私がクリーニングをすることになった。

 こういうのにも魔法付与があって、【錆び付き防止】のように状態を維持することができるようだ。中には数秒間力を溜めて瞬間的に威力を伸ばすことのできるチャージタイプの鞘もあるんだって。短刀と鞘をキースくんは譲り受けたようだ。


「でも、ヨークさん、その短刀を扱えるんです? 私まだヨークさんが刃物を作ってるところを見たことないんですけど」


「何言ってる。俺の専門はこういう短刀なんだ。これも良い短刀だな、名刀だ。久しぶりに腕が鳴るわ」


 意外や意外、そんなのはおくびにも出さなかった。ヨークさんの専門は短刀だったのか。なんでも幅広くやってる何でも屋さんかと思っていた。

 私も包丁でも作ってほしいものだ。今度頼んでみようかな。


 そう思っていると、他の人たちも「俺は鎧です」「盾です」「弓です」と、これまで見せたことのないのが専門のようだった。

 でも、この工房は日用品を多く売っているのだから、不思議な工房だ。お爺さんが座布団を作るくらいなのだから、そういう風土みたいなものを好きな人が集まっているんだろうな。



 帰り道、一騒動があった。近くの森で火事が発生したらしい。発見とともにすぐに消火活動ができたから大きな被害はなかった。森の火事は結構悩ましいようで、空気が乾燥している時期になると特に注意を払うようだ。


 最近はカラッとした天気も続いているので、そういう対策を町の人たちもするようだ。

 火の不始末が原因だったり、スキルで火を使って燃え移ることがあるようだ。なんとも基本的なミスだなあと思った。私も店を火事にしないように気をつけよう。

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