第8話 バザー
実験と検証に熱中していたせいでカールさんのところに行くことが遅れて、カールさんが食堂にまで足を運んでから言いに来たくらいだった。
「あ、すみません。すっかり忘れてました」
「おいおい、こっちは金を用意してやってたのに。まあいい、これが売り上げだ」
テーブルの上に袋を置いた。ドシンという音ではなかったので金貨や銀貨がたんまりと入っているわけじゃなさそうだ。
「じゃあ、確認します……ええっ!?」
「だぁはっは、驚け」
紙幣が5枚と金貨が8枚入っていた。
「こんなに貰っていいんですか?」
「おうよ。あの絵が良かったな。有名な画家に見せたら興奮してよ、即決だったよ」
私には価値のわからない掛け軸の何幅かが、お眼鏡にかなったらしい。
もっと値段をつり上げることもできた、カールさんはそう言ってくれたけど、今の私には売れただけでも十分に嬉しい。当面の生活資金は確保できた。今日は祖父母の仏壇に線香をあげておこう。
「それで、クリーニングってのは捗ってるのか?」
「そうですね、だいたいこの世界の衣類の性格がわかったように思います。だから、ある程度は綺麗にできるかな?という感じですね。一部の方からはお受けしていますが、まだ大々的に商売するほどの自信はありません」
こういうのは慎重にやらなければ、衣類を損なってしまう。商売をする以上、危険がなく、絶対に大丈夫だという確信がなければトラブルが起きるだろう。
「まあ、しばらくは生活には苦労はせんだろう。その間に生活の基盤をしっかり立てな」
「はい、ありがとうございます」
カールさんに御礼を言うと、少し照れながら帰って行った。
こうして3週間はあっという間に過ぎてしまった。
「明日からはあんたがいなくなっちまうけど、たまには顔を見せんだよ」
「マーサさんも短い間でしたけど、お世話になりました。本当に助かりました。また衣類とか買いに来ますね。もちろん食事も」
そう言って、残っていた衣類を持ち運んで店へと戻った。
バイトを辞めてからは1週間程度で買い取った衣類や靴、アクセサリーの類をクリーニングをすることができた。まだ手を付けていないのもあるが、情報が少ないためそのままにしているけれど、単純な水洗いができそうなものはささっと洗っている程度にしている。店の中の臭い衣類を少しでも減らしたかった。
全部で何十着あるのか、何足あるのか、がらんどうだったら空間が占められていくのは結果が目に見えているようでとても幸せだった。
もちろん、クリーニングをした衣類をこのままにしておくつもりはない。
その中から、自分でも着られそうなものは自分で使うことにした。
最初は何着かはこの世界の店でも購入しようと思ったが、日常着というのはあまり丁寧な作りではなくて、少しがっかりしていた。
けど、クリーニングをした衣類の中にはなかなかセンスのあるものも多くて、どうせならこういうものを身につけたい。サッソンさんのような職人が作ったものがあるのだから、大切に使いたいなと思う。
私が着られない残りの衣類については、お店にやってきてクリーニングを受け取りにきた冒険者の人たちに事情を話して引き取ってもらったものもあるし、バザーで売ることにしたものもある。
この町では商品を店で売ることもあるが、朝一のように毎日特定の時間と場所で商売ができるようだった。
店用の荷車に載せてバザーに出品した。
「おう、嬢ちゃん。よろしくな」
「はい。こちらこそ新参者ですけど、よろしくお願いします」
隣にはキリューさんというお爺さんが日用雑貨を売っていた。
場所は早い者勝ちだが、ここはちょっとだけ離れた場所にある。キリューさんのいる場所はあまり混雑していなくて落ち着いたのでここで売ることにした。だいたい定位置のようだ。
とはいえ、最初の一日は売れなかった。
次の日も売れなかった。
「まあ、そんな日もあるさ」
「そうですよね」
「お、こんなところに綺麗な衣類がある」とかなんとかで、一挙に売れるという期待をしていはわけじゃない。でも、2日続けて誰も声すらかけてくれないというのは正直メンタルにじわじわとやって来る。
キリューさんも同じ感じだったので、世間話をして過ごすようになった。キリューさんの服にはボタンが取れそうになっていたところがあったので手縫いで処理をした。
首飾りが好きそうだったので、売り物にあった首飾りを一つプレゼントした。そういえば日本で数珠みたいなネックレスをつけた年配の方がいたな。
あまり重そうなものではないので邪魔にはならないだろう。綺麗な緑色の宝石が一つあるシンプルなものだけど、近くで見ると細かい彫りがある。
日本で買ったら良い値段になりそうなのに、ここでは銅貨3枚で回収されていた。
「ほお、こういうのもあるんだな。ありがとうよ」
キリューさんからはこの町でお得な店の情報を教えてもらった。
食材はもとより、日用品や雑貨はこの世界で買わないといけないので、そういうのは買い占めておきたい。肉類なんかは冷凍保存ができるからね。乾燥麺や米類などもあった。地球の人が作って今に至っているのかなと思う。
次の日、何人かの人がやってきてちらっと見たけど、売れなかった。
そして、その次の日、やっと一つ売れた。
確か【体力回復・小】の効果のあるバンダナだった。ヒョウ柄のバンダナだったけど、身につける人によっては似合うだろうな。買っていった人には合うと思う。まだ10代後半の少年だ。
翌日は2着売れ、次の日は3着売れ、その次の日は4着売れた。
服以外にもアクセサリーや靴もあったが、それらはほとんど売れなかった。鞄もあるけど、これも同じく売れなかった。
「どういうことなんだろう?」
あの山盛りになっていた衣類の汚れはすっかり落としたし、香りだって悪くはない。
みんなやっぱり付与効果や機能性もそうだけど、こういう格好いいデザインのものだって悪くはないと感じているんじゃないかなと思う。
一応、上下を組み合わせたり、いくつか合わせて売っていた。マネキンがあると立体的でわかりやすいのになあ。
靴とか鞄とかはちょっと抵抗があるんだろうな。
靴や鞄は使い捨ての意識がより強いか、誰かのお古は嫌悪するか、どちらかなんだろう。本でも古本は絶対に嫌だという人はいる。
いろいろあったけれど、最終的には買い取った値段の10倍くらいの値段で売れた。まだ売れていないものもあるけど、すでに買い取り価格を大きく上回って稼げている。
その後も在庫が少なくなってきたのでクリーニングをしようとマーサさんのところへ行って、大量に買い込んだ。
荷車に載せて変な格好をして、何回も往復するのを見られるのは恥ずかしかったけど、これも立派な商売だ。こんなところでへこたれてはいけない。
この間も冒険者の人たちが衣類をクリーニングしにやってきた。何人かの人には仲良くなれたけど、もちろんその中でも取り扱いがわからないものは丁重に断った。早くこういうのもクリーニングができるといいなと強く思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます