第11話 ヒューバード・オーディリオン〔2〕
女性が突如として消えたことに釈然としなかったが、俺はギルドに向かった。その前にちょうど腹も減ってたからまずは食堂に行ってから腹ごしらえすることにした。
「マーサさん、いつものお願いします」
「はいよ、ヒューバード。なんだい、一仕事終えたんだってね、ご苦労さんなこった」
マーサさんはみんなのお母さんって感じで、慕われている人だ。マーサさんは俺のお爺さまを小さい頃に見たことがあるらしくって、たまにその話で盛り上がる。
この町に来てからはいつもこの食堂で飯を食っている。今は客がいない時間帯だったけど、贔屓してくれて食わせてくれた。
「いやー、今回ばかりは死にそうでしたよ。でも、運が良かったんで、大きな怪我もなかったです」
「そうかい。まあ、でも油断すんじゃないよ。命がかかってるのに運になんて頼るもんじゃない。あんたみたいなのがいつの日にかころっとやられるって話は珍しいことじゃないんだ」
同業者には命を落とす者もいる。マーサさんの言葉は真実みがありすぎる。俺の知り合いだって、それこそこの食堂で一緒に飯を食ってた奴が、もうこの世にはいない。
「はい、気をつけます。あ、なんか珍しく洒落た腕輪を付けてるんですね」
マーサさんの手首には青色の宝石の入った腕輪がある。
随分前に同業者が付けてたやつに似てるけど、こういう風に使うのもいいよな。回復系か支援系の上位の魔法付与の効果がいくつか付いてたんだっけな。
「珍しくは余計だよ! この前まで働いていた子にね、古かったけど綺麗にしてくれたのをもらったんだよ」
そっか、俺のヘビーモスのマントみたいに綺麗にしてくれる人がいるっていいよね。
「……うん、誰か客ですかね?」
「飯を食いに来たって顔じゃないね。なんだろうね?」
マーサさんが客の所に向かい、俺は飯を食っていた。
五臓六腑に染みていく。ここの料理人、つまりマーサさんの最愛の人が作ってくれる料理が一番美味い。しかも、昔はいろんな魔物を狩ってたっていうんだから、料理人といえば強いという印象が俺の中で出来上がっている。
俺もいつまでもこの稼業にいられるわけでもないからな、第二の人生を考えてもいいか、いやいや、マーサさんが聞いたら「あんたはまだ若いんだ」って言うかな。それとも「命は大切なんだ」って優しく言ってくれるかな。
せめてお爺さまの足下くらいには及びたい。まだまだ道は長いな。
「なんだって!?」
マーサさんの顔つきが変わっている。何か驚いているけど、何なんだろう。
「何か問題でもあったですか?」
「いや……そうだね。ちょっとあたしは抜けていいかね? ヒューバード、つけにしとくよ」
「はーい」
あんなに慌てているマーサさんを見るのはとても珍しい。怒ってるわけでもない。何なんだろう。妙に手首の腕輪を気にしていたのは気のせいか。
食い終わってからギルドに行ったら、なんだかざわついている。何か様子がおかしい。
「あ、ヒューバードさん。お疲れ様です」
「お姉さん、何かあったんです?」
受付の女性に訊いてみた。一瞬迷いのある表情になったけど、事情を説明してくれた。
「あの、ちょっと前までこの町に住んでいた女性がいたんですけど、その人、町の人間に目を付けられていたんですよ」
護衛や冒険者たちが通っている装備品を売っている店、俺も何度か通ったことのある店もあったけど、そういう店で買って魔法付与効果の残存回数が0になったものがここに運ばれている、それは俺も知っているし、俺も最初の頃は売ってた。安かったけどな。それでも一日の飯代くらいにはなった。
そんな衣服や靴などを綺麗にしてバザーで売っていたらしい。しかも、ここで売った値段の10倍くらいの値段だったという。
「それはちょっとあくどい商売でしょ! 綺麗にしたからってそんなに値段をあげるのはおかしいですよ」
正直そう思った。
一瞬ヘビーモスのマントのことが頭を過ぎったけど、それとこれとは話は別だ。
30回分の回復小の効果が付いているバンダナだって、買ったら金貨10枚はくだらない。でも、ここで売ったら銅貨1枚にもなりゃしない。最初の頃は貧相な装備だったからまとめて売って、初めて銅貨1枚になるくらいだ。そのくらい価値がないものだ。
まあ中には素材自体がレアの場合はもうちょっと高い値段で売れるけど、それでも銅貨5、6枚ってところだろうし、上限でも銀貨1枚2枚ってところだろう。そりゃ、格好いいなと思うものもあるけど、それだけじゃ戦えない。
そんなのを銅貨5枚とか銀貨1枚で売っていたようだ。それは取りすぎだろう。
「いえ、違うんですよ。実はですね、残存回数が10とか20とか、そのくらい残ってるのを売ってたんですよ」
「はぁ?」
俺の声で周りをびっくりさせてしまった。
「えっ、待って待って、それってじゃあ、残存回数が残っている装備品を銅貨5枚とか銀貨1枚で売ってたってことですか?」
「はい、そうなんです。しかも、どれも効果が【中】とか、中には【大】まであったそうなんです。複数の魔法付与も珍しくありませんでした。だから、みんないったい何が起きているのか、それがわからなくて」
そんなことがありえるんだろうか。
実は綺麗にしたのではなく、新しい物を作って売っていた、その可能性の方が高いように思う。意匠だけを真似た、そういうことだ。
ただ、その場合衣類といっても幅広いからかなり器用な女性だということになる。女性の職人は珍しいから、特定するのは簡単に思えるけどな。
しかも、魔法付与師でもあるってことだろ? どんな才能の塊なんだよ、羨ましいばかりだ。それとも別に魔法付与師がいるってことか?
それならなおさら安値で売るなんておかしい。【大】の効果だったら残存回数が10回であっても金貨50枚でも安いくらいだ。
まさか残存回数を知らないで売るなんてことは考えにくい。いや、でもどういうことなんだ?
「あ、カールさん」
「ヒューバードか。騒ぎを知ったんだな」
久しぶりにカールさんに会ったけど、この人は商業ギルドのマスターで、直接関わりはないけど、駆け出しの頃はお世話をしてもらっていた。厳しいようで、面倒見の良い人だ。
「はい。でも、ありえないでしょう?」
「うむ……。おや、なんだ? そのマント綺麗にしてもらったのか。なかなか似合ってるじゃないか」
カールさんもお爺さまと面識があるのでこのマントは覚えているようだった。
「そうです。実はこれを綺麗にしてくれた女性がいたんですけど、もうその店がなくなっちゃって御礼の言いようがなくて困ってるんですよ。俺、夢でも見てたのかなって思っちゃって」
そう言うと、カールさんの目をこれでもかというくらい見開いた。
「待て、それはもしかしてあの店か!?」
カールさんがその店の場所を言う。教えられた場所はあの店があった場所だった。
「はい。そこです。でも、なんでかわかりませんけど店自体が消えちゃってて。もしかしてカールさんご存じなんですか?」
「その前に、そのマント、確かにその店で綺麗にしてもらったんだよな? 本当なんだな?」
「はい。間違いなく」
「そうか。確かマントを、そんな話をしてたのを今思い出した。あれはお前のことだったのか」
それを聞いたカールさんが鑑定具を取り出した。これは簡易的な鑑定具で魔法付与効果の残存回数を確認するものだ。
ちょっといいか、そう断ってからマントを鑑定した。
「カールさん?」
カールさんがわなわなと震えながら驚愕の表情を浮かべている。普段はすました表情のカールさんがこんなになるのは初めてだ。
何も言わずにカールさんは鑑定具を俺に渡してきた。これで見てみろということなのだろう。
【体温管理 14/300】
【状態異常無効 12/200】
【物理軽減・大 11/200】
【幸運・特大 9/250】
【体力回復・特大 18/250】
「は? なんで残存回数が増えてるの? 全部0だったのに」
「それがあの子のスキルだ」
待て待て待て、落ち着いて考えてみよう。
鎧に付与されていた【体力回復・中】は、実はマントの【体力回復・特大】で上書きされていて、だからダンジョンでは回復が早かった。血で確認できていなかったけど数分以内には治っていたことになる。でも、ほとんど傷を負うことはなかった。
【体温管理】は名前はアレだけど実は【炎軽減・小】なんかの上位で、それで上書きされていて、だからあの魔物の炎でも暑さを感じなかった。やばい炎だと思ったのは正しかった。この効果は火の中でも水の中でも無敵に近い状態が維持される。
他にも思い返してみれば、毒霧を吐いてきたり、麻痺毒をかけてくる魔物もいたし、それに触れた時もあった。けど、何も変化はなかった。
一瞬焦ったけど、本当に何も変化がなかった。これは【状態異常無効】だ。他の装備にはこの付与効果はない。
魔物を退治した時にお宝が出てきたけど、かなり貴重な素材が、しかも続けて出てきたことがあった。珍しい魔物だって出てきた。これは【幸運・特大】しか考えられない。一生分の運を使い果たしたかと思ったくらいだ。これだけで金貨数百枚程度は軽く稼げた。
痛みだって、見た目の攻撃よりも「あれ、痛くない」と思ったこともあった。これは【物理軽減・大】だと考えたら納得ができる。
これらの事実を総合すると、あの女性が「くりーにんぐ」というものをした装備品は、残存回数が回復する、そういうことだった。
「そんなの聞いたことないですよ? 残存回数を回復するなんて」
「おい馬鹿、声を鎮めろ!」
「あ、そうですね。すみません」
こんな能力を持っているなんて知られたら、絶対に面倒なことに巻きこまれる。幸いにも聞いているやつはいなかったと信じたいが、どうだかわからない。
一人の男がこちらをちらっと見た気がした。変な帽子を被ってニヤニヤしている男だ。聞いてたかどうか反応がわからないな。
どうやらカールさんはそのことに気づいたが、他のやつらはその事実を知らず、残存回数が残っている装備品が破格の値段で売られていたことに衝撃を受けているようだ。「惜しいことをした」「俺も買えば良かった」、そんな声が聞こえてくる。
バザーで売る以外にも俺のマントのように魔法付与がなされたものを『くりーにんぐ』してもらった冒険者も結構いたようだ。まだ鑑定具で確認してない可能性も高いけど、あの女性のスキルが知られるのは時間の問題だと思う。
「ああ、俺らはあの子にとんでもねえことをしちまったなあ」
あの女性がバザーで売っていたものに実は残存回数がかなり残っていることに気づいたやつらの一人がその事実をカールさんたちに伝えたようだった。そりゃ、混乱するわ。
「待てよ?」
すぐに荷物の中からマントを入れていた袋を取りだした。
これも『くりーにんぐ』してもらったんだ。【収納・大】の効果はとっくに切れてたけど、確認をしておきたい。マントと一緒に俺がお爺さまから受け取った時から、もうただの袋に過ぎなかった。
「うわ、信じられない。こっちも蘇ってる」
袋の効果もこれだと20年間は使えそうなところまで回復している。しかも【収納・大】だ。この袋を売るだけで一生遊んで暮らしていける。
「その女性は今どこにいるんですか?」
「行き先は誰にも言わんで町から出て行った」
「そんな……」
それから女性が受けていた嫌がらせなどを聞いた。
酷い、そんな無法が許されるはずないじゃないか。石を投げつけるなんてまともな感覚じゃない。
彼女はただ俺のマントの時のように、綺麗にしたかっただけじゃないか。
そう告げると、カールさんは痛いところを突かれたのか、黙ったままだ。
商業ギルドのマスターとしては、あいつらの装備品の売り上げは気にする必要はあるし、批判を完全に無視ができなかったところはあると思う。
そうだとしても、一方的にか弱い女性を追い込んでいくなんて、外道のすることだ。
ますますこのマントと袋の御礼を言わなきゃ気が済まない。それからは依頼を断って、その女性を見つけることにした。
しかし、強制依頼が舞い込んできたりして時間をとられた。こういうのは自分で拒否ができない厄介な依頼だ。
しかも、空いた時間に探しても情報がなく、馬車に乗ったかもしれないという目撃情報くらいしか成果がなかった。もうこの町にはいないのか。
「あの人がマントを綺麗にしてくれたおかげで、炎に焼かれずに済んだんだよな。いや、それ以外にだって……」
このくらいで諦めてしまっては英雄の孫の沽券に関わるってもんだ。意地でも探し出してやる。
後日明らかになったのは、知り合いのハンスさんがその女性からハンスさんとカールさんに『くりーにんぐ』をしたものが贈られて、しかもそれぞれに驚くべき効果が残っていたことだった。ハンスさんがカールさんに渡すのを忘れていたそうだ。
そして、マーサさんの腕輪にも同じことが起きていた。マーサさんは「これを身につけてから身体が軽くなってね」と言っていた。【疲労回復】というかなりレアな効果が施されている。これは特殊な魔法付与師による付与だ。
彼女の能力については、カールさん、ハンスさん、マーサさんくらいしか今のところ知らない。4人で絶対に秘密にしておこうということになった。
でも、カールさんは上に報告をする義務があるように思うから、いつまでも隠しきれないと思う。そして、冒険者たちもいずれは気づくだろう。
一番に驚いたのはあの女性は別の世界からやってきた人間だということだ。
あの女性、カミジョウチカという人にますます興味を抱いた。とともに、もしかしたら自分の能力に気づいていないのではないかと心配になった。
一刻も早く、その力の存在を教えないといけない。早く強制依頼を済ませて彼女に会いに行かないといけない。
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