第12話 旅の中で

「えっ、そんなのチカちゃん悪くないじゃん!」


 乗合馬車で一緒になった人たちと会話をしている。

 私と同年代のハンナさんという子が私の事情を聞いて腹を立ててくれた。


 そうだ、やっぱりそうだよね、ようやく私は悪くないと思えるようになった。

 あの時はやっぱり動転していたんだ。けど、あの町で生活はできそうにないと思ったのも事実だ。


「町の人たちに迷惑をかけたしね」


「関係ないって。別に古着や装飾品を売っちゃいけないなんてこともないんだからさ。私もただ着るだけならいいかもと思えるものはあったよ。まあ、こういう仕事だからずっとは着られないからね。でも、なんていうんだろ、あの町では装備品の使い捨てが他よりも激しいところはあったな」


 そうだね、私も同じ気持ちだよ。だから綺麗にしたかったし、また身につけて欲しかったんだよ。



 ハッバーナの町を出てから3日で国境を越え、そこからさらに3日かけてラマネード国の主要な都市にたどり着けることになっている。

 今日は4日目なので、すでにラマネード国内にいる。ハンナさんは2日目に馬車に乗り込んできた。


 ハンナさんはパーティーというのを組んでいて、ヨハンくんという10代後半の子とカシムさんというハンナさんよりもちょっと上の男性と一緒に仕事をしているようだ。経緯はわからないけど、同じ町出身なのかな。

 ハンナさんとカシムさんが攻撃系のスキル、ヨハンくんは魔法系のスキルを持っているようだ。

 冒険者稼業で、他にも傭兵や護衛任務、魔物を討伐したりして生計を立てているという話だ。

 途中で他の人が降りて新しく乗ってこなかったので、御者2人と併せて総員6人ということになる。



「チカさんの身につけているもの、確かにお洒落なものが多いですね」


 ヨハンくんが私のファッションを褒めてくれた。くりくりとした目で私のファッションチェックをしてくれている。


「そうでしょ? たくさん候補があって助かったよ。良い衣類も装飾品も日常でも身につけたいよね」


 ヨハンくんは少しだけ険しい顔になっている。


「でも、本当に残存回数が0なんですよね? なんとなく魔法の効果があるように思えるんですけど」


「うん、鑑定具で調べた時にはほとんどが0で、たまに1回というのがあったくらいかな」


「そうですか……」


 ヨハンくんには何かが感じ取れるようだ。首をかしげている。


 今私が身につけているものはアウターやショートパンツ、靴、中にはペンダントや腕輪のようなものもある。鞄などもあったのでこれも使っている。そんなに荷物を入れていないからかなんとなく鞄が軽い。

 指輪もつけているけど、クリーニングをする時には外す。

 今度はいつクリーニングができるだろう。溜まった衣類は早めに処理をしたいんだよな。


 ペンダントや腕輪などの貴金属や宝石類の買い取りは銅貨6、7枚とか銀貨1枚だった。中には銀貨2枚というものもあって、ちょっと悩んだがそれも買い取った。

 こういうのはただの布きれよりは高価だというのは私にもわかる。素材自体が珍しい、マーサさんがそう言っていた。単純にアクセサリーとしての用途もありそうだ。


「宝石類は強力な魔法付与ができるからな。もしかしたら魔力の残滓があるのかもしれん」

 

 カシムさんが教えてくれた。


「素材によって魔法の付与が異なるってことですか?」


「ああ、素材の中でもたとえば魔物の質が高いというか、ダンジョンの深層部に生息している魔物だったり、特殊な土地で魔力を長期間にわたって存分に浴びた宝石なんかは通常よりも魔法の付与が強いし、数も多くなる。もちろん、素材を加工する職人や魔法付与師の力量にもよるけどな」


 へぇ、そういう仕組みになっているんだ。


「じゃあ、ヘビーモスの皮だったらどうなるんです?」


「ヘビーモス? 面白い魔物だね。ヘビーモスだったらどうかな。私らでもお目にかかれないというか、出会ったらすぐに退却するね」


 うんうんとヨハンくんが強く頷いている。

 ハンナさんによれば、ヘビーモスは伝説上の魔物と言われていて、素材もかなりの値段で売れるようだ。それこそ一生遊んで暮らせるくらいに。伝説だけど実際にこの世界にもいるらしい。


「ヘビーモスか。そうだな、通常は魔法の付与は1つか2つ、多くて3つだが、ヘビーモスだと5つ程度はいけると言われている。たぶんそれとは別にヘビーモスの素材自体にも特性があるだろうな。丈夫な生地なんだろう」


 カシムさんたちの装備品に付与されている効果は平均して2つか3つのようだ。わりと最近新調したものらしい。


「ああ、確かに。鑑定具で調べたらだいたい1つか2つくらいの魔法付与でした。たまに3つあったかな」


 最初は鑑定具で見てたけど、大量だったので途中から鑑定具を使わなかった。だって残存回数は0か1だからね。


 それにしてもヒューバードさんのお爺さんは相当良い仕事をしたってことなんだろうな。だからそんな貴重な素材をもらったんだろう。

 黴が中まで浸透していなかったり、目立った傷がなかったのは、ヘビーモスの素材の特性なのかもしれない。伝説の魔物なんだから、タフな皮膚をしてるんだろうな。死してなおそういう皮膚というのはちょっと信じられない。


「魔法付与師が【体力回復・小】の効果を付与したら、それは【体力回復・小】でしかないんだが、特別な素材の場合は【体力回復・中】とか【体力回復・大】のようになるんだ。だから、ヘビーモスだったら【大】とかさらに上の【特大】、そして残存回数の上限も多いものになるんじゃないかと思う」


 それは効果を増すボーナスのようなものだということだ。

 ヒューバードさんのマントがいったいどういう魔法付与だったのか、あの時訊いてれば良かったな。


「この腕輪は【物理無効】でした。それって攻撃が当たらないってことなんですかね?」


 左腕の手首につけている腕輪は精巧なデザインだけど、綺麗な紫色の宝石がはめこんである。この腕輪は銀貨1枚だった。他の衣類に比べて高かった。

 でも、気に入ったので特別に綺麗にして、売り物にせずにずっと身につけている。


 貴金属のクリーニングは慣れていないけど、店にあった道具や溶剤で薄汚れていた部分を綺麗にすることはできた。宝石だけではなく、腕に密着する部分はヘビーモスの皮のように特殊な皮が使われていて、その部分は慎重に処理をした。


「【物理無効】は当たっても攻撃に気づかないというか、痛くないんだ。それにしても【物理軽減】ではなくて【物理無効】か。残存回数が残っていたら回数にもよるが、金貨何十枚、いや何百枚になるだろうな」


「そ、そんなに値の張るものなんですか?」


「ああ。考えてみたらいい。物理攻撃が一切効かない。高いところから飛び降りても衝撃がない、そんな奇跡のような魔法付与効果が安いはずがない」


 カシムさんの言う通り、それは奇跡だ。本当に物理衝撃を無効にするのだから。

 命を狙われる大商人とか要人がそういうのを持っていることがあるという。刺客が来てもしばらくはやりすごせるようだ。


 そう思うとなんだかクリーニングをした腕輪が恋しく見えてきた。

 この腕輪は最近ではなくて、もう何年も前に回収されたものらしく、ずっと眠ったままだったようだ。昔は偉い人が身につけたんだろうな。

 残存回数は0だけど、一種のお守り代わりに身につけておきたい。



 それからはどんな魔法付与効果があるのかを訊いた。


 力とかスピードを上げたりするのに【物理攻撃】【魔法攻撃】【素早さ】【幸運】がある。


 身を守るものとしては、【物理軽減】【魔法軽減】【物理無効】【炎軽減】【氷軽減】【雷耐性】があって、毒とか麻痺を防ぐ【状態異常軽減】【状態異常無効】というのもあるらしい。


 【軽減】よりも【無効】の方が効果は高いのははっきりしているけど、【軽減】と【耐性】の関係はちょっとわからない。

 他には【体力回復】【魔力回復】があって、時間経過とともに回復するようだ。


 重ねがけはできない。

 つまり、別々の衣類に【体力回復・小】と【体力回復・中】があった場合は、上位の効果である【体力回復・中】が優先される。

 そして、【体力回復・小】と【体力回復・小】でも2倍になるわけでもない。


 使用回数の1回というのは、正確にはある一定値を越えるとカウントされるらしくて、単純に一度攻撃をしたり受けたりしたら減るわけでもない。表示されていないだけで、小数のレベルで変化をしているのかもしれない。

 まあ、あまりに乱暴で無計画に戦ってばかりいると、新品に近いのにすぐに残存回数が0になる。


 あとは力やスピードを上げる効果については、使用者がその時に発動させる。その感覚は使った人にしかわからないけれど、「慣れだよ」とハンナさんが言った。そんなに難しいことではないようだ。


 自分の意志で発動するものと半ば自動で発動するものがあって、【体力回復】や【物理無効】や【状態異常無効】はほとんど自動的に発動するらしい。


 魔法付与師が付与する前に元々の素材に効果が備わっているものもあるようだ。

 こういう貴重な素材は残存回数が多かったり、珍しい効果がついているんだって。ヘビーモスの素材がこれにあたる。殺菌とか形状安定とか、そんな効果があったりするんだろうか。


 魔法付与の効果は奥が深い。次に行く町に図書館があったら調べておきたい。



「あー、そういえばヒューバードさんが【体温管理】って言ってたな」


「ヒューバード? ああ、あのヒューバード・オーディリアンか。彼の装備品も綺麗にしたのかい?」


 ハンナさんたちはヒューバードさんを知っているようだった。「あの」って言っているくらいだからヒューバードさんは有名人なのかな。


「はい。2ヶ月くらい前かな、ヘビーモスの皮のマントをお掃除しました。その時に【体温管理】って言ってたように思います。とっても不思議なマントでした」


 身体がポカポカ、そんな気持ちの良い効果なんだろうな。


「【体温管理】!? それは相当上位の魔法付与効果だ」


 カシムさんが初めて驚いた。それに驚いた。


「そうなんですか?」


「ああ、業火でも吹雪でもほとんど何も感じないらしいからな。あえていえば温度差から生じる風圧くらいのものだ。話によれば溶岩の中だって泳げたり海の中だって濡れずに呼吸ができて潜れるそうだ。そうか、ヘビーモスのマントならその可能性はあるか。元々の素材に付与されているものかもしれない」


 名前からしたら素朴な効果だと思っていたけど、かなりすごい効果だったようだ。


「うーん、惜しいことをしちゃったな」


「何が惜しいことなんですか?」


「実はね、時間がなくてヘビーモスの革のマントの修復が満足に行かないところがあってね。あれからいろいろな衣類を見てきたから、どうせならもう一度綺麗にしたいなと思ってね」


 皮革製品を扱うのは苦労するし、あの日は引き受けたものの「間に合うのか」と追い詰められていたところはあった。今だったら別のアプローチができるのにな。

 ただ、あれが毛皮製品なのか皮革製品なのかは正直よくわかっていない。うっすらと毛が生えていたから毛皮製品に分類されるようには思う。

 いずれにせよ、もう少しヘビーモスの素材の性質がわかったり、お金を貯めて店の設備を充実させたりしたらもっと綺麗になるだろうな。




「今日はこのあたりで留まります」


 御者のケージくんがそう言うと、私たちは野宿の準備をすることにした。比較的高い場所に位置しているからか、夜や朝は肌寒さを感じるだろう。

 一昨日は村に泊まることができたけど、それ以外は野宿だった。正直な話、野宿というのは気の進まないことだ。

 それに野生動物や夜盗などに襲われる危険性もあるのだから、日本ほどには平和ではない。でも、この場所にはあまり野生動物は寄ってこなさそうだ。


「うーん、どうしようかなぁ……」


 全員で6人に馬2頭か。まあ、このくらいならなんとかなるかな。


「何か迷ってんの?」


「そうですね、いい加減野宿は勘弁してもらいたいので」


「そうは言ったって、馬車の旅で野宿は基本だろ?」


 ハンナさんが言うのはこの世界の常識だ。けれど、その常識に従うほど私は従順ではない。

 平らな場所に指定して、念じた。シャワーを浴びたい。


「えっ?」


 一同が目の前に出てきた建物に驚いていた。馬も驚いていたように見える。


「今日くらいはこの中で過ごしませんか?」


 そう言って、みんなをお店の中へと案内した。

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