第10話 ヒューバード・オーディリオン〔1〕
「功労者、ヒューバード・オーディリアン」
「はい!」
自分の名前が呼ばれたのでさっと前に出る。先日の魔物の討伐で最多数を成し遂げたことで表彰されることになった。
別に王族から何かされるというわけでもなく、町の冒険者ギルドで祝われるだけの話だ。
金貨200枚、これが今回の報酬。紙幣20枚でもいいはずなのに、こういうのは金貨の方が見栄えが良いというのが理由だった。変なの。かさばるだけだっての。
昔はかつかつだった。別に今は金欠ってわけでもないけど、成果がこういう形で見えるのは純粋に嬉しい。
この嬉しさにはこのマントにもある。
ずっと目標としてきたお爺さまがかつて戦士の誉れとして下賜されたヘビーモスのマント。
「ヒューバード、お前にやろう」と、何人もいる孫の中から俺だけにくれたお爺さまに今の姿を見せたいけど、もうそれはできない話だ。
だから、せめてお爺さまが愛用していたというこのマントを羽織って、昔の記憶が残っている人たちを喜ばせることができればいいなと思う。何人かわかるといいな。
それにしてもそんなマントの管理が全くなっていなかったのは本当に大馬鹿だ。昔からずぼらなんだよな。
久しぶりに開いたら黴臭いし、ほのかに血の跡だってある。そりゃ、魔物の血でマントとか鎧とかを色づけるって奴もいるけどさ、できれば綺麗な方がいいよ。
それはわかってはいたけど、もうちょっと時間があったと思うんだよね。
「おい、ヒューバード、明日はきちんとした格好でな」
そんなのを前日の、しかも夜の時間帯に言われても、もう店も閉まってるよ。
今回はそれなりの成果を挙げたので、これまでの表彰の中でも一番目立つ。だから、その時にはマントを身につけて出たいと思っていた。けど、遅すぎたんだな。
それから近所の人たちに訊いても門前払いされ、しかも刻々と時間は過ぎていって、ああもう無理だなと思った最後の店が当たりだった。
何の店かはわからなかったけど、店の周囲が綺麗だった。ここだったらと一か八かで賭けてみたら、女性が目を丸くしてこっちを見てきた。
これはいけるか?と半信半疑で頼んでみたけど、「くりーにんぐ」ということをする不思議な仕立屋だった。この町の仕立屋には良い思い出がないけど、そういう人たちとはどこか違う印象だった。店の中も驚くほど綺麗だった。塵一つない店なんて入ったことがない。むしろ、俺が入ったことで汚しちゃうんじゃないかと思ったくらいだ。
女性とは話は噛み合っていなかったような気がする。ヘビーモスと伝えても伝わっていなかったからな。嘘だと思われたんだろうな。
まあ、いきなりヘビーモスって言われても疑うか。かつての英雄であるお爺さまの名前を出したら信じたかもしれない。あ、でもそれだと俺が英雄の孫だということが次の疑念になるか。
真剣にマントを調べて、やっぱり難しそうな表情を浮かべていたけど、それでも彼女が受け付けてくれたのは本当に幸運だった。
「明日までは無理です」「この汚れは難しい」とみんな匙を投げたのに、この人はどこかわくわくしている感じだった。
今日で閉店する、そんな話だったけど、優しいよな、俺みたいな人間のために一日営業を延ばしてくれるなんて。
まあ、でもあまり期待をしてもいけないな。俺には服のことなんてわからないけど、みんなが無理って言うんだから、短時間で綺麗になるって考えたらいけないよな。
実際に受け取るまではそう思っていた。
(お爺さまのマント、こんなに軽かったか?)
着てみても妙に身体中が温かさに包まれている。
このマントには素材の特性とは別に5つの魔法付与がなされていて、その中の一つに【体温管理】があった。どんな暑さでも寒さでも一定の空気を纏うことのできる、そういうのがあったけど、その機能が付いてるんじゃないのかと思ったくらいだった。
まあ、春の陽気だったし、俺の気も陽気だったから気のせいだったんだけどね。これだったら仕舞わずにずっと付けたままでもよさそうだ。残存回数はなくても素材の特質で風よけにもなる。みんなに見せびらかしたいしな。
女性は申し訳なさそうに言っていたけど、着ている本人が見ても汚れなんてまったく気にならない。あの独特な臭いだってしない。
半日も経ってないのにこの仕上がりなんて、だったらもっと時間をかけたらまだまだ綺麗にしてくれるっていうのかな? 丁寧にも袋まで綺麗にしてくれていた。
よし、じゃあこの後すぐに行って土下座をしてでも頼んでみよう、そう思っていた。閉店してもあの女性は押しに弱そうだから、情に訴えたら引き受けてくれそうだ。
「ちっ、今から緊急の指令だ。ヒューバード、お前も来い」
「ええっ?」
というわけで、せっかく御礼を言おうと思ったのに長くて深いダンジョンに行くことになった。表彰されたらすぐに馬車に乗って向かうことになった。
このマントの支払いだってしなくていいって言ったけど、絶対にこれは対価を支払うべきだと俺でも思ったよ。
まあ、帰ってきたら倍にしてでも払おう。それにしても「イチマンエン」って業界用語か何かだったのかな。
一か月くらいで終わると思ったら二か月近くもダンジョンに潜ることになった。
さすがに最深部まで行くと魔物たちも凶悪なやつばかりで、何回か命の危機を感じた。
不思議といえば不思議だったけど、いくつか奇妙な出来事があった。
一体の魔物が強烈な炎を吐いてきやがった時だった。ちょうど俺は別の魔物と戦っていた。
「ヒューバード!! 避けろ!」
その声が聞こえた頃にはもう目の前は炎で一杯だった。俺が戦っている魔物ごと焼き尽くす勢いだ。魔物にも知恵があるから、こんなことは平気でしやがる。
それでも全力で回避をして、なんとかやりすごそうと思ったが、範囲が広くてダメージを受けることは必至だった。
けど、何の暑さも感じなかった。どちらかというと温い風が吹いていた、そんな感覚だった。
俺が炎に触れた瞬間に魔物が一瞬俺の方を見てニヤリを笑ったけど、その油断を見逃さない。
「この野郎っ!」
すぐに一直線に走って喉元を斬りつけた。
笑いながら魔物は絶命した。さぞ幸せな最期だっただろう。
「ふー、これで全滅できたかな?」
死屍累々の光景だ。みんながそれぞれの魔物から必要な素材を剥ぎ取っている。全部は無理だから、貴重な部位とか魔石とか、そういうのを回収してる。
「ああ。この階で終わりだ。だが、ヒューバード、お前何か魔法石みたいなものでも持ってんのか? あの強烈な炎で火傷一つ負ってないなんて異常だぞ。それに回復効果もおかしいだろ。なんかいいもの持ってんじゃないのか? 隠すなよ」
「はは、それは俺が運がいいからですよ」
自分で言いながら、何かがおかしいとわかる。
魔法石はお守りのようなもので、軽い火や冷気なんかを防げたりする。仮に持っていたとしてもあの炎では効果は薄かったと思う。効果の割に高価だ。気休め程度だと思っているので俺は持っていない。
【体力回復・中】の効果が今の鎧には付与されているから、回復しているのはこれのおかげだ。それに【炎軽減・小】もあるから、見た目ほど強い炎ではなかったってことなんだろうな。
ただ、これまでの経験上、こういう効果だったかと言われると少し疑問が残る。俺が戦っていた魔物は炎で丸焦げだったんだよな。
「もしかして、あの女性は魔法付与師だったのか?」なんて一瞬だけ頭をかすめたけど、でも、このマントに新たに付与できるはずなんてない。やっぱり幸運だったってことか。お爺さまの加護だ。
いずれにせよ、やっとあの女性に御礼を言いに行ける。閉店するって言ったけど、店と住居が一緒になってるような建物だったからまだあそこには住んでるだろう。
今回の報酬もたんまりもらったので、金貨何枚だったら受け取ってもらえるだろう。
「えっ……?」
俺が入ったはずの店が、なかった。影も形もない。更地だった。
「すみません、ここにお店というか建物ってありませんでした?」
近所の人に訊くと、数日前に突如として消えた、そんな不可思議なことが起きたらしい。
そもそも元々何もなかったのに二か月少しばかり前に建物が出来て、『くりーにんぐ』ということを冒険者相手にやってたらしいけど、すぐに消えたというのが正確な情報だった。消えたのを目撃した人もいるらしかった。
「空間系のスキル持ち? いや、それは何千人に一人って話だし、でもそれ以外には考えられないよなあ。その可能性の方が高いのか?」
そういうスキル持ちの人間を見たことはあったけど、鍛冶とか宿とか、そんなのはあったな。ただ、あんなに大きな建物ではなかった。
スキル以外にも違う国には建物を出し入れできる道具があるって噂には聞いたことあったけど、それはお爺さまが活躍していた時代だったというしなぁ。
古そうな建物だったから、その可能性は捨てきれない、のか?
もう一度会えないのは心残りだった。
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