第30話 転移者の子孫

 次の日からダンジョンに潜ることになり、私は一人で過ごす時間が多くなった。

 夜に出歩くのは不安だったので昼間に気になっていた建物を覗くと、鍛冶屋、宿屋、ラーメン屋という不思議な組み合わせの店だった。まあ、これで武具や防具の補強、寝泊まり、飲食ができる。


 ラーメン屋があるというのが一番驚いたが、私も豚骨ラーメンをいただいたのだけど、懐かしい味がした。メンマとかチャーシューも本格的なものである。豚じゃなくて魔物も用いているようだ。良い出汁がスープができるらしい。


 このスキルの持ち主の店長に話をうかがうと、どうやら地球からやってきた人が遠い先祖なのだということだった。

 店長さんは40才くらいの人で、ラオウという男性だ。

 なんだか狙っているみたいで、ちょっとだけ笑いが出そうになった。奥さんのメノウさん、一人娘のアリアちゃんと一緒に店を出しているんだって。


「じゃあ、その人の子孫なんですね」


「うん、稀に世代を離れてこういうスキルが発現するらしいんだって。まあ、俺もラーメンは嫌いじゃないから、いいんだけどね」


 初代の人が『酵母』というスキルを持っていて、それで味噌造りに励み、やがて自分が好きだった味噌ラーメンにまで行き着いた、そういうことらしく、その後豚骨ラーメンや醤油ラーメンなどを生み出したという。それが100年以上前のことだ。


 この話は司書のライフさんからも聞いたことがある。

 この『酵母』スキルでこの世界のパンや調味料、アルコール類の発展に寄与した。菌類はクリーニングの敵だけど、こうした働きもある。

 初代は菌の研究者だったと言われているので、この事実を踏まえるとこの世界にやってきた人は元の世界の職業や知識などが反映されたスキルを持つのだろうと思う。

 当初、私と同じように水晶玉に手を当ててスキルが判明したけど、周りからは無意味なスキルだと蔑まれた歴史があることを聞いた。私のスキルよりも多くの人たちを助けたに違いない。

 その後、幾世代かが流れて、ラオウさんに不思議なスキルが発現したようだ。


 『通販』スキルの場合は、運営者か利用者かはわからないけど、日々オンラインショッピングをしている人、そういうことになるだろうか。歴史を振り返ると、この『通販』で仕入れた商品がこの世界の発展に大きく寄与したことになる。



(そっか。地球から来た人たちもこの世界で好きな人と一緒になって過ごすことだってあるよな)


 子孫にスキルが直接継承されるわけじゃないけど、こんな形で現れることもあるのは一つの収獲だった。他にも子孫はたくさんいそうだから、案外私のスキルがとりわけ珍しいってわけでもないんだな。残念のような安堵するような気持ちだ。

 ただ、その事実は私はもう二度と地球へは戻れないということを予感させた。今さら日本に戻っても、と思い切れるほどあっさりとしたものでもない。



「中華鍋があるんですね」


「お、中華鍋を知っているとはお客さん通だね。そうさ、特注で作ってもらったんだ。もう20年くらい前かな。ずっと使ってるよ」


「鍋も味が出てくるって言いますからね。でも錆ができるから管理もしないといけないのは大変ですよね」


「そうそう。毎日手入れだけは欠かさずにやってるよ。大事な商売道具だからね」


 おそらく鉄製の鍋だろうが、洗剤で洗うことはなく、熱せられた鍋に水を垂らしてぬるま湯でたわしでごしごしと汚れを落として、最後に薄く油を塗る、これが毎回の手入れの方法だ。さすがに祖父は仕事でフライパンをクリーニングすることはなかったけど、鉄製の鍋は家で使っていて、そんな手入れはしていた。


 遠目から見ると、中華鍋に見たことのあるマークがある。

 訊ねてみると、どうやらヨークさんのお爺さんが手がけたものだった。座布団だけじゃなく中華鍋にも手を出すとは、あの工房は本当に特色があるなあ。どういう魔法付与があるのか気になるところだ。


 ラオウさんのご先祖はラーメンはこよなく愛したけど、チャーハンとか餃子については開発をしていなかったらしい。だから、チャーハンや餃子は珍しいようだ。

 一応、ラーメン餃子チャーハンセットがメニューにはあるけど、チャーハンと餃子の注文は少ないらしい。私も食べたけど、やや違和感が残る。


「他のご先祖の子孫の人の情報を集めたことはあったんだけどね、どうなのか実際にはわからなくてね」


「私は他の国でチャーハンと餃子を食べたことがありますよ。教えましょうか?」


「お、いいのかい。ありがたい」


 私もそこからやってきたとは言うまい。

 それから、いろんなチャーハンや餃子について解説をした。食事時を過ぎたので私以外のお客さんはいなくなる。暖簾を下げてから一時休憩時間に入っていたので、お店にある材料でチャーハンと餃子を作ることにした。ニラがあったのでニラ餃子だ。

 しっかり手洗いをして、お店のエプロンを身につけて厨房に立った。


「この中華包丁は、もしかしてルックアート国のハッバーナのサッソンさんのものですか?」


 包丁に熊みたいなマークがある。


「そうだよ。よく知ってるね? あの職人さんも良い包丁を作ってくれてさ。さくさくと切れて使い勝手がいいんだよ。ちょうどあの町にいる時に包丁が使い物にならなくなってね、他の工房に行ったらそんなもの作れるかと嫌な顔されて追い返されたよ」


「ああ、わかります。サッソンさんの工房以外のところって愛想が全くないですよね」


 そっか。サッソンさんもこういうのを手がけていたんだなと思うと嬉しくなる。

 特別な魔法付与を施してはいないから魔法付与師への手数料はないらしいけど、効果がなくても包丁自体の性能が抜群に良いということだ。何でもかんでも魔法付与じゃないんだな。

 ヨークさんは短刀が専門だったけど、サッソンさんとどっちが良い中華包丁を作るんだろうな。


 それにしても中華鍋が軽い。どうやら鍋の重さをかぎりなく0にする効果、しかも長期間にわたる効果を付与されているようだ。魔法付与師も相当頑張ったに違いない。

 設備のコンロの火力が強力なので宙に浮かぶ米粒がパラパラと踊っている。家では火力は弱いのでフライパンを浮き上がらせずに置いたまま火力を逃がさないようにするのがコツだと祖父が言っていた。


 餃子の皮を作るのに苦戦はしたけれど、なんとか作って、餡を包んでから焼いて酢醤油で食べた。うん、これなら餃子だ。


「うっわ、美味しい」


 娘さんのアリアちゃんがニラ餃子をぺろりと食べた。食べ過ぎたらカロリーが高いなあと思うけど、たまにラーメンセットは食べたくなるものだ。ダンジョンに潜っている人たちには栄養となるだろう。


「実は私も空間系スキルを持っているんです」


「そうか。奇遇だね。あまり働き過ぎたら無理がたたるよな」


 このお店も出し入れが可能で、私のスキルと同じように店の維持にはラオウさんの魔力が使用されている。ただ、ラオウさんの魔力量がそこまで高くないから、一日の営業時間を長くし過ぎると過労で倒れるらしくって、適度に休憩を挟むという。


 私も一日中クリーニングをする日々が連続した場合には、その疲労感があった。同居人が増えたら2階部分の光熱費も高くなるから、あまり無理はできないんだなと思った。

 カールさんの情報によれば私の魔力量は多い方だということだけど、油断は禁物だということなんだろうな。

 でも、ちょっとずつ私の魔力量の限界も増えている。これがラオウさんとの違いかもしれない。


 ラオウさんのラーメン屋は2階が居住区になっている。私の建物の方が大きいけれど、家族3人で生活しても狭苦しいわけではないようだ。

 私と同じようにポイントを消費したら空間拡張とか機材の購入ができる。私にはラオウさんのスキル画面が見えないのだけど、ラーメン屋経営に必要な材料が購入可能のようだ。


「まあ、家族が増えたり店の規模を大きくする時には広くしないといけないなと思ってるよ」


 ラオウさんたちは固定した場所に店を持っているのではなく、賑わっている場所、今回でいえばダンジョン近くに店を出すことが多いのだという。


「そうだ、防犯レベルも上げました? どういう機能なのか知りたくて」


「ああ、いいぜ。防犯レベルはな……」


 防犯レベルは3にしているようで、私はレベル2だ。出禁にできるらしいが、「前に不埒なやつらが来てな、出禁にしてやったぞ」とラオウさんは言っている。

 強制的に店の外に追い出して、店への出入りも制限される機能があって、制限された場合は店から数mはバリアのような防壁ができていて、入ってこられないそうだ。

 また、店内で危害を加えられそうになったら、自動的に発動するという優れた防犯機能だ。


「だったら、店の中にいたら安全ってことなんですね」


「そうだな。だから防犯レベルは上げておいた方がいいな。俺もな独身の時は良かったんだが、費用も高いしな。でも、家族を持ったら是が非でも防犯はしっかりしないといけないなと思ってな」


 そうしてラオウさんはメノウさんとアリアちゃんを見る。


「まあ、少々のやつらが来てもあたしが追い返すけどね」


 メノウさんが腕まくりをして言った。

 メノウさんは冒険者だったらしくて、攻撃系のスキルを持つ人で、ダンジョン攻略が続く日々の中でラオウさんのラーメン屋に通い、別のダンジョンでも再会し、他のところでもばったりと会うことが続いて、いつしか二人は結ばれたという素敵な縁がある。

 あのハンナさんよりもランクが上なので、現役を退いたとはいえ相当な強さだとわかる。



 ねちゃ、っと肘に密着感がある。ああ、油だな。


「ごめんね、定期的に拭いてるんだけどすぐに油で汚れちまってね」


「ああ、中華だとそうなりますよね」


 そう言ってメノウさんとアリアちゃんがテーブルを拭いている。

 店に入ってから観察はしていたけど、たまたま肘のあたったところに少量の油汚れがあっただけで、全般的にはテーブル上は衛生的に保っている方だろうと思う。

 気になるとしたら床だな。こちらの方がギトギトになっているところが多い。


 幸いにしてモップなどはあるので、この店にある洗剤を確認させてもらって、床の汚れの効率的な落とし方を教えた。冒険者の人たちがそういう汚れを気にするかはわからないけど、町中にも出すことがあるようなのでそういう清掃の仕方を知っていても損はないだろう。


 この店ではおしぼりは出ない。たぶん出している店もないのだと思う。

 私のスキルの中にはレンタルおしぼりもあり、さらにおしぼりを洗浄する工場まで発展させることは可能のようだが、その予算もないし、採算もとれない。魔力も枯渇してしまう気がする。

 まあ、いつかそういう日も来るのかな。

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