第22話 傘の話

 ミリーフの町に来てから2か月近くが過ぎた。

 今の季節はちょうど真夏を過ぎて日本よりは過ごしやすい。けれど日差しが強い。もうすぐ秋になるそうだ。

 日焼け止めクリームはないのであまり外には出歩かないようにしたり、外出するにしても時間帯を考えて、なるべく肌を露出しないようにしていた。

 家の中には日傘があったので、そういうのも使っていたけど、ちょっと奇異に見られていた。この国には傘はあるけれど、日傘はないようだった。


 日本では日傘が先に使用されて、その後に雨傘になったと聞いたことがある。世界的にもそうだったようだ。この世界では歴史が前後しているみたいでちょっと面白い。


 高校生の時に友達が短期の留学でイギリスに行ったけれど、あまり傘を差さないことに驚いていた。この世界でも雨傘を差さない人は多いなと思った。

 大雨の日にハンナさんたちがびしょ濡れになって帰ってきたことがあったので、ハンナさんたちのような職業の人はそういう傾向があるようだ。



「なんだい、そりゃあ?」


 日傘を差してヨークさんの工房を訪れた時に訊かれたことだった。


「日傘と言って、日光を遮るものなんですよ。日光は大切なんですけど、あまりに長時間皮膚を晒すことは避けた方がいいんです」


 ふむふむとヨークさんは詳しく説明を求めてきた。


「そうか。だったらそういう日傘っていうのも作ってみるのもいいかもしれないな」


「本当ですか? 私しか使ってないから、使う人を増やしてもらえると助かります」


 こうしてヨークさんたちは日傘を作り始めた。作ったとしても裕福な家庭に限定されちゃうんだろうなと思う。


 ただの素材では紫外線をカットできないし、紫外線というのもそこまで知られているようには思わない。

 図書館でライフさんに訊ねると、科学関連の本を教えてくれたので、それを読むと光の性質というのは書いてあったが、それが実際にどのように物作りに活かされているのかは知るよしもない。こういうのは職人さんの方が詳しいのかもしれない。


 ヒントは別のところからやってきた。


「エルフ族は肌が弱いから、そういうのを使っているよ」


 専門書店のリンネさんがそう教えてくれた。エルフというのがいるようだ。リンネさんが私の姿を見て「そういうの」と言ったのだった。


 この情報をヨークさんに伝えると、「そういえばそんな話を聞いたことがあったな」と言って、新しいアイディアが思い浮かんだようだった。

 夏は終わっても紫外線は年中あるから、そういう商品が出てくるといいなと思う。

 


 傘に関してはもう一つ面白い話があって、工房から帰ろうと思ったら雨が降ってきたので、日傘は使わずに折りたたみの傘を広げたら、ヨークさんたちはみんな手を丸くしていた。傘を折りたたむという発想はなかったようだ。

 折りたたみ傘は地球では100年ほど前にドイツで開発された、比較的歴史の浅い発明品だ。


「それを貸してくれ!」


「えっ!?」


 ヨークさんたちみんなに頼まれてしまい、その日は一度店まで戻ってから一緒についてきたヨークさんに折りたたみ傘を渡して、その後に工房で仕組みをじっくりと解析していたようだった。しかもボタンを押すとバッと開くタイプの傘だったのでいっそう興味を惹かれたんだろうな。

 小型化は科学の進歩の必然だと思うけど、職人さんたちもそう考えているところがあるのかもしれない。


 数日後に工房を訪れた時には折りたたみ傘の骨組みはすでに完成させていたのだから、この世界の職人も舐めてはいけないんだなと思ったものだ。


 傘もお手入れは必要で、小さい頃に祖母が毎回水で綺麗に雨水に含まれる不純物を落として乾かしていた記憶がある。空気中にも塵埃や煤などの微粒子があり、雨の中にも含まれているのだ。これは傘以外にも雨でずぶ濡れになった衣類にも同じことが言える。


 祖父がドライヤーを使っていたこともあるけれど、「撥水機能が活きてるうちはいいんだけどな」と言っていて、日頃の手入れが長年なされていないものには効果は望めないようだ。もちろんビニール傘には熱を加えてはいけない。


 スキル画面の中には撥水加工の出来るスプレーもポイントで購入可能だったが、一応店には祖父が使っていたものが残っている。私は何度か試しに布に使ったことがあるくらいで、それ以上の知識はない。祖父も使っていたんだろうな。

 傘のことがきっかけとなって、このスプレーを靴などには試している。




 この2ヶ月は自分のスキルのことを調べる日々でもあった。こちらについても司書のライフさんに教えてもらった。


「えっと、あまり読む人がいないから書庫の奥深くに眠っていてね、ちょっと待ってて」


 こうしたことが何度も重なり、本当に司書の仕事は大変だなと思う。

 ライフさん自身も読んでいたこともあって、私は読まずにどういう内容なのかを先に訊くこともあった。自分でも横着だなと思う。


「別の世界からやってきた人たちのスキルが珍しいという話は聞いたことあるかな?」


「はい。具体的にどう珍しいのか、気になってしまって」


「そうだねぇ、この世界の人たちのスキルとは異なる固有のスキルを持っているのが特徴の一つ。そして、スキルの数も1つか2つではなく、3つ以上持っていることが多い、そんな話が有名かな」


 私のスキルはクリーニング店を召喚すること以外にも、読み取れないけどもう一つスキルがあるようで何か書いてある。これは最初にカールさんが教えてくれたことだった。

 時折、この世界の人でもスキルの表示が文字化けのようになっているということで、詳しい原因はわかっていない。比較的稀少なスキルが発現すると言われている。将来的には確認できることが多いようだ。


 通常はスキルは生まれた時には一つ、それから成長するに従って何らかのスキルを獲得することがあるようだ。

 かつては遺伝的なスキル、つまり親から子へと継承されるスキルがあるのではないかと騒がれていて、特殊なスキルの人がモテたことがあったが、統計的にそれはほとんど確認できないことがわかってからはモテなくなったというなんともせつない歴史がある。

 でも一部ではスキルが世代を超えて発現するという話だ。


 なお、ごく稀にスキルを得られない人もいるそうだ。「ゼロスキルだ」と揶揄されるという、悪趣味で嫌な話がある。

 そういう場合でも、魔法書と呼ばれる謎の本を読むとスキルを獲得できて、そのスキルのレベルを上げられることがあるという。魔法書は自然発生的に生まれるようで、世界の各地で発見をされているが、庶民には手の届かないほど高価であるらしい。だから、魔法書を自分に使うよりは売る人の方が圧倒的に多いようだ。これは貸本ではなく一度誰かが使用すると消えて無くなるということだ。


 ただ、相性の問題もあって、魔法書でスキルを得られる人と得られない人がいるから、お金持ちが上位のスキルを獲得できるとは限らない。

 上位のスキルに関していえば、基本的なステータスと呼ばれる者やそれぞれのレベルが魔法書を使用できる段階まで届いていないと使えないようだ。まあ、そっちの方が健全かなと思う。


 とはいえ、スキルの個数に上限はないため、一部のお金持ちが比較的下位のスキルの魔法書を読んで10以上のスキルを持つこともある。そこまでいったらもう見栄のレベルだろう。


 私には文字化けしているスキル以外にも他のスキルを獲得できるのかもしれない。でも、まずは文字化けスキルが気になる。こればっかりは時間が経たないとわからない。


「異なる固有のスキルって、たとえばどういうものがあるんですか?」


「うーん、『ツウハン』というスキルがあって、代価を払っていろんな物を生み出すスキルがあったと記録されているよ。もう100年も前かな。そのいろんな物っていうのもこの世界にはなかった物らしくって、今のこの世界の発展には欠かせなかったと言われているね」


「へ、へぇ……それはすごいですね」


 『ツウハン』は、おそらく『通販』だと思う。

 いろんな物を生み出すというのは、たぶん私がクリーニング用品を買った時みたいに、ポイントで通販ショッピングをしているということだろうな。

 それにしても、傍から見たら万物を生み出すスキルと受け取られるのか。それは便利だけど、どのくらいのポイントを消費するのか気になる。この世界の貨幣はいったいどこへ消えてしまったのだろう。こっそりと銀行の中に戻されているんだろうか。


 通販というスキルということは、この世界にやってきた人たちは私のいた時代からそんなに離れていなかった可能性がある。他にも『測量』とか『酵母』というスキル持ちもいたそうだ。

 でも、それはこの世界では100年前の話だから、時間がごちゃごちゃになってる、そういうことなんだろうか。いずれにせよ、そういう人たちのスキルによってこの世界が大きく動いていったようだ。洗剤なんかもそうなんだろうな。


「ありがとうございます。ライフさんの説明はわかりやすかったです」


「ああ、僕のスキルに【情報整理】っていうものがあってね、いろんな情報が頭の中に振り分けられているんだよ。まあ戦えないんだけどね」


「そんなことないです、はい、絶対」


 これは自分の思考を整理する特質もあって、ライフさんにはあまり悩みがないと本人は言っていた。

 それはなんとも便利なスキルだ。戦わないにしても、参謀としての知略が発揮されそうなスキルなんじゃないかなと思うけどな。




「あたしのスキルは【長期記憶】さ」


 リンネさんが自分のスキルを教えてくれた。記憶の保持には自信があるらしい。だから、専門書の内容も頭に入っているとのことだ。もちろん、理解もしている。

 それでも、ご主人を思い返すのに座布団のシミの方が温かさがあるというのは、皮肉というのか、スキルだけで幸せに満たされる人生ではないということだなと思った。


 スキルによって職業も決まる、これが良いことなのか悪いことなのかわからないけれど、スキルの影響を受けて職業選択をする事実はこの世界にある。

 私がこの世界に来た時に戦闘用スキルしかなかったなら、魔物と戦っていたということになるんだろうか。ちょっとそれはスキルを裏切ってでも遠慮したい。スキル適性なんていうのはあまり好きな話ではない。

 まあ、私も祖父の仕事の影響を受けずに今のスキルを選び取ったわけでもないので強いことはいえないけどね。

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