第28話 あの女性を追いかけて

 強制依頼が何個も舞い込んできて、なかなかあの女性を探しにいけなかったが、やっと全てから開放された。あれからも2ヶ月以上も経ってしまってもう季節も秋になっている。


 この期間、あの女性から装備品を買ったやつらは上位の魔法付与効果が施されていたから、高難度の依頼なんかも着々とこなしていったらしい。そりゃ、【物理攻撃・大】なんてものがあったら普通の戦士だったらたいていの魔物はパンチで一発だ。討伐依頼なんかは楽にこなせただろうと思う。

 そして、案の定『くりーにんぐ』をしてもらった冒険者のやつらも「もしかして」とあの女性の能力に気づき始めたようだった。

 ただ、半信半疑というか、武器に比べて衣類や装飾品はあまり鑑定具で確認をしないものなので、気のせいだと考えているやつらもいる。


 女性の情報はなくて諦めかけていたけど、バザーを開いていた場所の隣に店を出していた爺さんが「もしかしたらラマネード国じゃないか」と教えてくれた。

 別れる前にお薦めの国としてラマネード国を紹介したそうだ。「これをもらったんだ」と首飾りを見せてもらったけど、たぶん残存回数が回復しているんだろうなと思ったけど教えなかった。調子が良さそうだ。


 手がかりはこの情報しかなかったので、乗合馬車組合の人間に訊いたら「女性が一人馬車に乗っていた」と言って、それはラマネード国のミリーフの町に住んでいる人が御者をやっていたらしい。


「ミリーフか。久しぶりだけど行ってみるか」


 カールさんたちに別れを告げて、すぐに馬車に乗り込んでミリーフに向かった。

 あんまり野宿は好きじゃないけど、不満なんて言ってられない。6日間かかってからやっとミリーフの町に着きそうになったけど、町の近くの森に異常が見られた。


「やばいな、ありゃ森火事だ。どっかの馬鹿か魔物が火を使いやがったんだ」


 途中からどうも煙臭いなと思っていたけど、森火事か。確かに被害が広がると町にまで影響がある。


「ごめん、ちょっと俺はここで降りるよ」


 そう言って、走っている馬車から飛び出して火の元へと向かって行った。幸い、風向きの影響で煙を吸い込むことはなかったし、何よりもこのマントの【状態異常無効】で煙の影響もない。


 森の中から何人かの人間が走ってきた。


「クレイジーベアだ!」


 おそらく新米の冒険者たちだろうが、クレイジーベアとは相手が悪い。しかも、こいつは火を吐くから厄介だ。この魔物が森に火をつけたんだ。クレイジーベアは火の耐性があるから自分には被害が及ばないと思っている。だからクレイジーなんだ。



「俺に任せろ!」


 すぐにクレイジーベアが出てきた。一体で俺よりも大きいが、素早さ自体はそんなにない。魔物に向かって行くと火を吐いたが気にしない。勝手にマントが火をかき消してくれる。うぬぼれていたクレイジーベアの急所をついて、あっという間に片付けた。


「ありがとうございます」


「ああ、だけど、このままじゃ火が……」


 すでにもうかなり燃え広がっている。誰か水魔法を使える人間がいるかと訊いたが、誰もいない。くそ、このまま見てるだけか。


「おっ、ヒューバードか。久しぶりだな」


「あ、トマスさん」


 ギルドマスターのトマスさんが何人かの部下をつけて駆けつけてきた。事情を話すとトマスさんが渋い顔をした。トマスさんは水魔法が使えるけど、あんなに広がった火を消すことは難しい。トマスさん自身もそう考えているはずだ。緊急で水関係のスキル持ちを集めているようだった。


「まあ、でも見てるだけじゃますますまずい状況だからな」


「じゃあ、俺も向かいます」


 一緒に火の近くまで向かって行った。

 辺り一面が火の海になっている。乾燥していたのか、広がる早さが尋常ではない。


 トマスさんが「あまり効果はないかもしれないが」と言って、手を上に向けて魔法を使った。得意の水魔法で消そうということらしい。

 トマスさんが愛用している水竜の腕当てが煌めいて見える。あんなに光ってたっけ?


「なっ!?」


 トマスさんの頭上には、空が見えなくなるほど広範囲の水が出現していた。まさか、トマスさんってこんな水魔法の使い手だったか? しかし、そのトマスさん自身が驚いている。

 ええい、ままよとトマスさんが火に覆い被さるようにして水を放った。一面が大洪水になるほどで腰のあたりまで水が浸かったけど、マントのおかげで濡れることもなく、水の抵抗を感じることもなかった。海底の深いところまでこのマントがあれば歩いて行ける、そういう話をお爺さまから聞いたことがあったけど、それは事実だったんだな。


 それから場所を移動して2、3回くらい同じようにトマスさんが水を生み出して、火は完全に消えた。


「トマスさん、すっごい水魔法の使い手だったんですね。俺、勘違いしてました」


「いや、俺も勘違いしていた。まさか、もう一度この水量を生み出せるとは思わなかった」


 それから一緒に冒険者ギルドまで行った。


 今回の件は冒険者に非があるのではなく、このあたりには生息していないクレイジーベアがなんらかの事情で近くの森にまでやってきたことが原因だということが明らかになった。

 新米冒険者たちも胸をなで下ろしたようだ。そうだよな、もし故意に森を燃やしたりしたら、重罪になる。


 クレイジーベアを討伐したのは俺だったのでその素材と特別報酬ももらったけど、一部も新米冒険者たちにも渡した。俺だけの成果じゃないことはわかるし、新米だと金に困る。受け取るかどうかを迷って見えたけど「いいからもらっとけ」と強引に渡した。

 数年前の自分を見ているようだった。最初は自尊心よりも金だ。



 別室でトマスさんと話すことになった。受付のお姉さん、確かリリーさんだったか、この町に前にいた時にはお世話をしてくれた人だ。


「ヒューバードさん、ありがとうございます」


「いえいえ。リリーさんも相変わらず冒険者に苛立ちを覚えているんですか?」


「ほほほ、何のことでしょう」

 

 そう言って、そそくさと部屋を出て行った。

 そういえばリリーさんに今でもちょっかいを出しているかわからないけど、嫌がらせというか当てつけのように悪行をなすやつらもいた。潰し屋とか言われてたけど、あいつらもまだこの町にいるんだろうな。


「ちょっとバタバタしたが、ヒューバード、久しぶりにこの町で働くつもりになったのか?」


 俺が17の時だったから、もう3、4年前か。結構かつかつの時代だったけど、この町の人たちにはよくしてもらって、実力と実績を身につけることができた思い入れのある町だ。


「いえ、人捜しをしているんですよ。カミジョウ・チカって女性がこの町に滞在しているかどうかを知りたくて」


「ああ、チカちゃんか。なんだ知り合いだったのか」


「知ってるんですか?」


 この町で正解だった。こういう幸運はマントの力ではないけど、お爺さまの加護だ。


「夏の時期だったか、今から2ヶ月以上前だな、ふらっとこの町にやってきてな、ここの溜まっていた衣類なんかも回収してくれてな。俺のこの腕当ても彼女に綺麗にしてもらったんだ。リリーも衣類をもらったり、制服を綺麗にしてもらってたぞ。確か、『くりーにんぐ』という珍しい仕事だったな。ああいう空間系スキル持ちもいるんだな」


「ちょっと待ってください。トマスさん、彼女にその腕当てを『くりーにんぐ』してもらったんですか?」


「ああ、そうだ。どうだ、輝いているだろう」


「本当にされたんですね?」


「なんだヒューバード。羨ましいのか」


 はっはっはと笑うトマスさんだったけど、「鑑定具をすぐに用意できますか?」とお願いした。


「それは構わんが、おい、リリー、持ってきてくれ!」


 外にいるリリーさんが鑑定具を用意して持ってきてくれた。立ち去ろうとするリリーさんを呼び止めて、「ちょっとだけ一緒にお願いします」と言った。


「腕当てを鑑定させてもらっていいですか?」


「おいおい。もう残存回数が0のものを再確認させるつもりか。酷いやつだ。だが、俺は0でももう哀しんだりなんかはせんぞ」


「いいから、お願いします。これはマジです」


 トマスさんもリリーさんも俺の言動がおかしいことに気づいたが、トマスさんが右手を俺に差し出してきたので、鑑定具で残存回数の確認をした。

 

 ああ、やっぱりそうだ。


 あの時のカールさんが俺のマントを鑑定具で見た時の気持ちが今になってわかる。


「ちょっと、二人とも確認をお願いします」


 怪訝そうな顔をしたが、二人が鑑定具で水竜の腕当てを見た。



【水強化・特大 105/300】

【魔法攻撃・特大 125/300】

【魔力回復・大 137/300】

【状態異常軽減・大 152/350】

【幸運・大 101/250】



「!?」

 

 二人の表情はあの時カールさんが見た俺の表情と同じだったんだろう。


「おい、これはいったいどういうことだ?」


「あのですね……」


 それから二人にハッバーナの町で起きていたことを全て話した。

 彼女が「くりーにんぐ」をした装備品の残存回数が回復していること、それを破格の値段で短期間に売りに出したこと、そして本人は嫌がらせを避けるために町を飛び出したこと、最後に彼女は自分の能力について気づいていないんじゃないかということ、その一つひとつを説明した。


 俺のマントも鑑定具で見て、納得をしてもらえたようだ。


「それにしてもヒューバードもマントは結構使用したんだろう? 残存回数は一桁じゃないか?」


 そう言われてみたら、トマスさんの腕当ては上位の効果に100以上の残存回数がある。


「『くりーにんぐ』直後ははっきりしないんですが、たぶん20か30くらいでしたよ。それから緊急で魔物討伐の依頼があってから減りましたけど、その後にもちょっと減ったかもしれませんが、たぶん元々そこまでの回復はなかったんじゃないですかね」


「ってことはなにか。俺の腕当てが特別に残存回数が増えてるってことか? この状態だったら普通に生活してても何もなければ5、6年は保つな」


 トマスさんは元々上級者の冒険者だったけど、この腕当ての魔法付与にも助けられて短期的にかなりの実績を残した人だ。その時と同じような使用頻度は今ではほとんどないだろうから、下手すれば10年くらいは使えるんじゃないだろうか。


 リリーさんが自分の制服を鑑定具で見ていた。


「この制服にも付与がなされているんですが、一度チカさんに洗ってもらったことがあるんです。もう4、5年くらい使っていて、でもその日から形が崩れないし、不思議だと思っていたんですが、今確認したら最初に施された効果が蘇っていました。しかもほとんど残存回数が使用されていないというか、上限は50ですが、43の残存回数です。あと2年はこの制服に付与された効果があるはずです」


 ギルドの受付の制服にそんな魔法付与がなされていたことを初めて知ったけど、そうか、だから新米の受付は整った制服だったんだな。他にも普段着として何着かリリーさんはもらったらしい。それをすぐに確認したらやっぱりかなりの残存回数が残っていた。俺にも欲しいくらいだ。


「つまり、俺の腕当てだけじゃなくて、彼女がここに来てから洗ったものはかなりの残存回数を回復させるということか?」


 あの女性は違う世界からやってきた。

 カールさんからそれを聞かされた時は驚いたが、今ならその力の由来がわかる。そういう人間は特殊なスキルを持っていることは知られているからだ。

 このことについてはギルドマスターの立場以上であれば口外してもいいという許可をカールさんからもらったので、二人にそのことを言った。まあリリーさんは口を割らないだろう。


「だから、彼女はこの世界にやってきてすぐに俺のマントを洗ってくれました。まだやり残しがあるみたいなことも言ってたんで、もしかしたらその後の数か月で彼女のスキルレベルが上がったり、回復できる回数が増えた、その可能性があるのかも」


 リリーさんの制服よりもトマスさんの腕当ての方が手間がかかるし扱いも難しいだろう。扱いが簡単な制服の方が完璧に近い仕上がりだから、残存回数も8割9割回復した、そういうことになるか。


「武具や防具でも一流の職人が打ち直したら残存回数が回復する事実もあるからな。それと同じことが衣類でも起きているってことか。前代未聞だ。こりゃ大変な発見だぞ」


「だから俺は急いでこの町に来たんですよ! 彼女は今どこへ?」


「あいにく一足遅かったな。フェロー国に新しくできたダンジョンに向かった」


「そんな……」


 何人かの冒険者と一緒に南国のフェロー国に行ったそうだ。ここでも会えなかったか。


「カシムやハンナたちが一緒なんだが、あいつらは知ってるだろう? おそらく一か月以上はダンジョンに潜るんじゃないかな。ダンジョン近くに店を出すみたいなことを言ってたな」


 彼女がダンジョン内についていくわけじゃないのか。それなら安心だ。

 カシム、確かわりと評判の良い冒険者だった記憶がある。だったらひとまず慌てなくてもいいってことか。


「でも、カシムさんたちは彼女の力には……」


「たぶん気づいてないじゃないか? ただ、彼女はあいつらの装備品も綺麗にしていたようだからなあ。気づくような気がする。金属製の武具や防具は『くりーにんぐ』はしてないから気づかないか。だが、装飾品の類は身につけてたな。なあ、リリー、あいつら鑑定具で自分の装備品を鑑定してたか?」


「うーん、そうですね……。確かこの町に来る前に鑑定をしたらしくてその時にはまだまだ残存回数はあると言ってました。新調しただったかな。それが2ヶ月前だったので、もしかしたらこの町では確認をしていない可能性は高いかもしれません」


 俺もだいたい3ヶ月に1回くらいしか鑑定しないからな。それにどのくらいの頻度でどのくらい減るかというのはある程度わかる。これは何年かこの稼業にいたら理解できるようになる。

 カシムさんたちはこの町ではそんなに重労働をしていたわけではなかったらしく、ほとんど魔法付与の効果を消費しなかった可能性も高い。だから、鑑定はしなくてもいいと判断したのかもしれない。




 数日間、この町で過ごして、じゃあダンジョンに向かおうと思ったら、また緊急の依頼が降りかかってきた。あのクレイジーベアーは斥候みたいなもんで、他にも何十体かの魔物がこの町に近づいているらしい。数が確認できないが、もっと増える可能性があった。

 表に見えているだけの魔物を討伐するだけじゃなく、隠れている魔物がこちらの油断している隙に襲ってくることもある。


「ヒューバード、大変とは思うがちょっと頑張ってくれ。今手練れが抜けててな」


「わかりました」


 ダンジョンに向かったやつらも多いので強いやつらが一時的に町に少なくなっている。なんてタイミングが悪いんだ。いや、タイミングが良かったのか。このまま捨て置くことはできない。

 何度か応戦して、でも完全に討伐するまでは気を抜けない日々が続いた。

 それから3週間くらいで「よし、これまでだ」ということになった。後続の魔物はいないことがわかり、やっと任務は完了だ。


「お前また強くなったんだな」


「ええ、だって俺はどうにでもして強くならないといけませんから」


「ああ、そうだったな」


 こうしてトマスさんに別れを告げて、俺はダンジョンへと向かった。

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