第27話 竜の鱗

 出発は3日後になった。

 その間に買い込んだりしたけど、2つほど大きな仕事が入って来ていた。

 それは図書館のカーテンを洗うこととギルドマスターのトマスさんの水竜の腕当てのクリーニングだった。


 カーテンについてはライフさん曰わく「昔は遮光効果があったって評判だったんだけどね」と言っていた。なかなかカーテンを洗うということはないようで、ライフさんも困っていたところ、リンネさんから私に洗ってもらうといいと言われたそうだ。リンネさんはいろんなところで私の店の宣伝をしてくれていた。


 こちらの方が量が量だけに時間はかかったが、基本的には素材も扱いやすいものだったのですぐに納品が完了した。

 日本では会社とか学校とかのカーテンを定期的に引き受けているクリーニング店もあるようだ。定期的にクリーニングの仕事が入ってくるんだったら、それなりに実入りのある仕事だよなあと思う。


「なんだか、空気が清澄になった感じがするよ」


「カーテンも大事ですからね」


 ライフさんはそう言っていたけど、昔は遮光以外にも空調を綺麗にする効果もあったようだ。図書館も綺麗な方が過ごしやすい。



 もう一つのトマスさんの腕当ての方が大変だった。

 ミリムちゃんたちと知り合う前にギルドに行った時にトマスさんと会って、「これも綺麗にしてくれるかい?」とお願いされたのだった。

 何でも、専門書店のリンネさんの座布団を見て、そう思ったそうだ。リンネさんとは昵懇らしい。冒険者のスキルに関する専門書も取り扱っているとのことだ。


「数日待っていただけますか?」


「うん、いいよ。無理だったら別にかまわないし」


 水竜の情報は少なかったけど、司書のライフさんやリンネさん、ヨークさんの情報と総合して、たぶん大丈夫だろうと判断して引き受けた。蛇革に近い素材だった。


 祖父のノートにも目を通して、蛇革製品の処理の仕方を書き抜いていった。

 蛇や鰐などの爬虫類系の製品はエキゾチックレザーと言うけれど、鰐も扱ったようだ。難度は高そうで、祖父も苦労をしたことが書いてあるので、これはヘビーモスの革のマントよりも大変だなと思う。


 腕当ては1週間以上かけてクリーニングしていった。

 手首の部分に密着しているところにはやはり汗や皮脂などがあったのだけど、こちらはそこまで大変ではなくて、やはりウロコのある面は慎重に扱った。ウロコなんかは剝がれていないのだから、水竜の皮というのもかなり強い素材のようだ。


 手順としては馬毛ブラシで細かいところを掃除して、全体として油性汚れが多いのでそれらを落とした後に、爬虫類用のケアクリームを塗った。拡大鏡を用いながらウロコとウロコの間の溝に細い筆を運んでいった。これは結構神経をすり減らした作業だった。


 防水スプレーというのも仕上げに使うこともあるようだけど、ちょっとそこまでの勇気はないのでそれは使用しなかった。水竜に防水スプレーというのも何だか酷だよなとも思ったからね。


 こうして一通りできることをしたら、腕当ては光に当たるとほのかな水色が煌めいている。

 ヘビーモスの革のマントもそうだったけど、生きている時にはもっと綺麗だったんだろうなと容易に想像ができる。まあ、どっちも厄災みたいな魔物だったらしいけどね。


「おっ、これこれ。この艶が水竜にはあるんだよ」


 トマスさんは存外喜んでくれた。事前に水竜の腕当ての特徴を思い出せる限り教えてもらって、当時の形に戻せたと思う。報酬に銀貨5枚を頂いた。


「こんなにいいんですか?」


「ああ、いいよ。だってこういうのは専門の人しかできないだろう?」


「そうですね。ありがとうございます」


 蛇革製品のクリーニングの相場は5000円前後になるのかなと思うけど、高いものだと1万円は超えるだろう。私の技術料としては銀貨5枚が妥当か、その判断にはしばらくかかりそうだけど、トマスさんが満足してくれたのなら良かった。


 トマスさんの依頼が完了した次の日に、私たちはミリーフの町を去ることにした。


 ゴボスさんとケージくんは「途中に良い資源があるんだ」と言って連れていってくれるようだ。また魔物が途中にいてハンナさんたちが討伐するというパターンなんだろう。

 私たちだけ特別に直にダンジョンに向かってくれるようだ。「あんたらと一緒にいると運気が向上する」とゴボスさんが言っていた。


 この町でお世話になった、専門書店員のリンネさん、司書のライフさん、受付のリリーさん、工房のヨークさん、みんなに挨拶を言って、最後にカレーナさんとターシャちゃんにも御礼を言った。

 家庭用洗剤についてはわかる範囲で使用する際の注意点などを教えた。これについてはもう少し時間がかかりそうだ。もう少し他の国で使用されている洗剤とも比較をした方がいいだろう。


「それじゃあ、またおいでよ」


「はい、カレーナさんもターシャちゃんも御達者で」


 快晴の昼間、すでに季節も秋に染まり始めてきている。私たちはダンジョンに向けて出発した。


 私たちが出発してから数日後、あの潰し屋の人たちが一斉に検挙されたということをかなり後になってから聞いた。現場を押さえられたということなんだろう。

 因果応報、悪いことをしたら神罰が下される、そういうことがあって安心したものだ。

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