第18話 専門書店の座布団
ミリーフの町に滞在してから1週間経った。
その間に溜まっていた衣類をクリーニングをして、図書館にも何度か本を読みに行った。カールさんに作ってもらったカードが身分証明書の代わりになっていて、どこの国でもこのカードを示せばいろんな施設が利用できる。役に立つマイナンバーカードだ。
図書館では司書のライフさんという男性が丁寧に教えてくれた。話によれば、ギルドマスターのトマスさんと同い年で知り合いのようだった。
ハッバーナと同じ本もあって、すでに読み終えているものもある。もっと別の本があったら読みたいと思う。
「もっと詳しい本になると、この図書館には所蔵されていなくて、専門書店に行くしかないですね」
「そうですか。じゃあ、この町の専門書店を教えてください」
「いいですよ。それにしてもそんなに熱心に調べて、チカさんは何のお仕事をされているんですか?」
クリーニングという言葉は一般的ではないので、洗濯のようなものだと伝えた。
ライフさんはスライム洗浄というのは知っていたらしいが、「それとは全然違いますから」と必死に違いを説明をしてしまった。
スライム洗浄のことを述べている本もあったけど、成功例もあるが、やはりトラブル発生率が高い。とてもじゃないけどお任せできない。服につけた金属類が溶かされたトラブルなんかもあった。
「私も傷んだ本の修復をしていますが、こういう地味な仕事は誰にも理解してもらえないものですね」
「そうですね。地味なのに、不可欠な仕事です。これは衣類も同じですね」
高校生の時に図書館司書の人を学校に招いて話を聞くことがあったけど、どの世界でも修復するという作業は目立たない。
でも、その作業がなければ本も衣類もどんどん劣化をしてしまう。手遅れになる前に修復しなければならないし、そもそも日頃から丁寧に物を扱ってほしいと思う。
ハッバーナの図書館と違って、ここの図書館にはカーテンがある。光は外から取り入れる必要があるが、直射日光が本を傷めることは知られているようだ。カーテンのクリーニングというのもあったなぁ。
「えっと、このお店かな」
ライフさんに教えてもらった場所はいかにもという感じの小さな書店だ。専門書ばかりだからそういうものなんだろうな。
「いらっしゃい」
中にはおばあさんが一人いた。私の他には客はいない。
だいたいの分野が分かれていて、被服関連の棚でいくつかの本を立ち読みしていた。
「何のお仕事なのかね?」
おばあさんが訊いてきたので、ライフさんと同じような説明をした。
そうかい、と言って、違う棚にもそういう関係の本があることを教えてくれた。専門書経営の人たちって全部目を通しているんだろうか。
「お、これは一番詳しいかも」
図鑑のような大きさで、一つひとつの素材の入手先や使用目的、処理の仕方などが詳しく書かれている。これまで読んできた本の中で一番情報が網羅されている。印刷ではなくて手書きだったけど、こういう手書きの本は高価なんだよな。けど、これは是非とも入手しておきたい本だ。
「すみません、この本をください」
「はいよ。金貨6枚だよ」
金貨6枚!?
高価だと思っていたけど、それほどまで高いとは、専門書はそれだけ貴重だということなんだろう。
とはいえ、少しばかり悩んでいたら、「まああんたには5枚でいいさ」とおばあさんが安くしてくれたので、即決した。いったいいくらで仕入れたんだろう。
「ありがとうございます」
金貨1枚の差は大きい。ミリーフの町の方が物価は高いけど、贅沢をしなければ一か月であれば過ごしていける金額だ。
「どうせ売れないと思ってたしねぇ。もう20年も売れずにあったけど、開いたのも3、4人もいなかったからね」
かなりの年代物の本のようだ。大切に扱おう。
「助かります。その座布団は特注品ですか?」
おばあさんが正座をしている座布団に目がいった。
元々は分厚いものだったろうが、年数が経っているのか、ぺろんぺろんとなっている。すっかりせんべい座布団になっている。
「これはそうだね、もう30年は経ってるね。昔は魔法付与がされていて、腰痛にも効いたんだけどねぇ。せめてふっくらするだけでもありがたいんだけど」
こんな座布団にも魔法付与がなされているというのは驚きだったけど、訊ねてみたら装備品以外にもこういう日用品を専門に作る人たちがいて、特別に魔法付与を施すこともあるようだ。
おばあさんの座布団には【疲労回復】という、【体力回復】とは異なる効果があるようだった。
【体力回復】は生傷とか外傷を治すけど、【疲労回復】は腰痛、肩こり、便秘に効くらしい。使用回数の1回が1年、そういう話だ。何とも健康的で経済的な座布団だなと思う。
【ふっくら】という魔法付与もある。弾力や感触を維持しつづける、こういう座布団などに合う効果だという。そういう効果がタオルとか布団にあるといいなあ。
「あの、もしよろしかったら、その座布団を綺麗にしましょうか? まけてもらった御礼になりませんけど。それにどこまでふっくらに戻せるかは心許ないのですが」
座布団をクリーニングしていた祖父の姿は覚えている。
近くの寺ではなくて、たぶん個人が依頼した高級な座布団だった。鮮やかな紫色だったので、記憶に残っていた。同じような座布団が店の2階にもある。
座布団といっても丸洗いできるものもあればできないものもある。この座布団はどうだろう。
「そうかい。だったら助かるね。元々主人が使ってたんだけどね、ずぼらな人だから天日干しもしなくて、私が口うるさく言ったものだよ」
魔法付与のされている座布団だ、ただの座布団ではないと思う。せっかくなら綺麗にしてあげたいな。
こうして、一度店に戻ってから座布団を持って、また書店に戻って来て座布団を交換した。「なんだい、こりゃ。昔みたいだよ」とおばあさんが驚いていた。
そうか、そのくらいふっくらとしていたのか。魔法付与がなくても、このくらいまで戻せるといいな。
「これって作られた方はご存命なんですかね? 中の素材がわかるだけでも助かるんですけど」
おばあさんがいくつかの工房を挙げていったが、そのどれかだろうということだった。ご主人が買ってきたものらしい。おばあさんはリンネさんと言って、御年72才である。
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