第5話 スキルの確認

 昨日やってきた男性、ヒューバードさんが来た時にはもう私はこの世界にいた、そういうことになるのだろう。だけど、あの時には電気も水道も使えていた。


「そういうのもお前さんの魔力で維持できているということになるんだろう。実際、お前さんの魔力も高めだしな。空間系スキル持ちはそういう風になってる人間が多いって話だ。ところで、クリーニング店というのはどういう店なんだ?」


「何といいますか、衣類を綺麗にするお店です」


「衣類を綺麗に? 鍛冶をするとか性能を高めるとかそういうのではないのか?」


 それからクリーニングとは何かについて説明をすると、カールさんもハンスさんも怪訝そうな顔つきになった。


「この世界ではクリーニングは珍しいんでしょうか?」


「うーむ、仕立屋はあるし、衣類だって洗濯はするが、お前さんの説明とはちょっと異なるな」


 昨日来たヒューバードさんもそんな感じだった。

 まあ、どちらも衣類を綺麗にするのだから全く別のものだというわけでもない。あえていえば、私は一から衣服を作ることはない。時折ボタンを付けたり綻びを繕うことはあっても、それはできる限り元に戻す程度のものだ。

 それにしても、まさか別の世界に来てまでもクリーニングと縁があるとはね。


「これからどうすればいいんでしょうか」


 昨日よりも状況は悪化している。この世界でまともに生活ができるとは思えない。クリーニングという目新しい商売で経営が成り立つだろうか。日本ではそんなに豊かに生活ができない収入だったし、この世界ではさらに実入りがなさそうだ。


「珍しいスキルとはいえ、特別に国が囲って庇護をするというわけじゃないからな。しかも衣類を綺麗にするだけのスキルならあまり重宝されんだろうしな。お偉方はそれよりも新しい服を買うだろう。この世界に来て、自由にやってくれってことになりそうだ」


「そんな……」


 カールさんの言葉は非情に聞こえる。

 なんて不条理なんだろう。勝手にこの世界に投げ出されて、世話をされることもないなんて、私はなんて不幸な人間なんだ。私のスキルは役に立たないと思われているようだ。

 しかし、嘆いていても仕方がない。


 店のあった場所はカールさんたちの組織が管理維持している土地で、もともと何もなかった場所だったそうだ。

 カールさんの恩情で「しばらくはあの場所にいていい」と許可をもらい、ハンスさんが近所の人たちに事情を説明してくれるようだった。さすがに別の世界から来たということは教えないそうだ。私もそちらの方が助かる。


 ハンスさんに送られて店に戻って戸締まりをして、二階に上がって、屋台で買ったサンドイッチのようなものを食べた。落ち込んでいた私にハンスさんが厚意で買ってくれたものだった。空腹に優しい味だ。


「この世界でクリーニング屋なんて、流行るのかなぁ」


 はあ、と溜息しか出てこない。

 カールさんはさすがにお金を工面してくれるわけではなく、それは正しいことだと思う。

 カールさんもハンスさんも「まずは自分のスキルがどういうものか確認するのがいい」と言ってくれたので、カードを見ながら自分のスキルを確認することにした。



【スキル:クリーニング店召喚】


 「オープン」となぜか英語で言うと私にしか見えない画面が出てくる。

 ちなみに「開け」と言っても画面が出てきた。こんな状況なのに近未来的でちょっとだけわくわくする。横になりながらでも開けるのでとても便利だ。

 スキル名がそのまんまだな。


 画面のスキル欄にはご親切にも詳細な説明があった。


 このスキルはこの店の出し入れをすることであり、さらにこの店の中の道具も一体化されている。シャワーやトイレなども使えていたので光熱費も込みということである。排水なども自然に処理されるようだ。これは良い機能だ。

 2階の居住区にあるテレビとか冷蔵庫、エアコンとかそういうのも自動修復機能がついているらしい。このくらいのサービスがないと生きていけないよ。私と同じ空間系スキルの持ち主の建物にもこういう家電が備わっているんだろうか。


 防犯ではないが、店の施錠をするとよほどのことがない限りは破壊されないし、万が一破壊されても時間が経てば修復される、ポイントを使えば即時に修復可能、店内のレイアウトも別画面で変更可能、なるほど。


 この店でできることは、水洗い、シミ抜き、乾燥などがあるけれど、洗浄には特殊な資材や溶剤を用いるし、シミ抜きだって同じだ。他にも細々とした消耗品がある。

 これらは電気や水と同じように魔力で自動補填されるということはない。


 どうやらこの世界のお金や貴金属類や宝石類、日用品が必要となるらしい。つまり対価が必要とのことである。

 それらは全てポイントに変換され、防犯レベルもそういうポイントを消費して上げられるようだ。物価の変動も関係しており、時期によってポイント数が異なるらしく、妙に細かい設定だ。この世界にも景気不景気があるんだろうな。


 どうせなら魔力というもので一緒に支払えると楽なんだけど、そこまでは親切設計ではない。まあ最低限の施設の維持は魔力で、そういうことなんだろう。

 それだけでも今の私には御の字だ。1階はともかく2階の住居スペースがあるだけでも助かる。


「資材や溶剤、洗剤なんかは今あるものが尽きたらおしまいで、カタログボタンを押すと補充される、えっと、何々……スキルがアップすると空間内の設備や備品を増やすことができますか。外観も、へぇ……」


 お、この店にはない機材も購入可能なのか。祖父とは「この機械ってどうなんだろうね」と話したことがあって、「まあこの店には無理だな」となったものもある。クリーニング用の機械もいろいろある。

 日本では買うと数百万円する機械なんかもあったけど、将来的にはそういうのも購入できるようだ。ただ、これにも今の私にとってはしばらくは無理なほどの費用がかかる。まずは今ある設備でクリーニングをしていくしかない。

 どうすればスキルがアップするのか、これはお金のことも含めてカールさんたちに訊いてみた方がいいだろう。


 とりあえず、クリーニングに関しては地球にいた時と同じことはできると考えても良さそうだ。しかし、儲けのないままだと補充ができなくなる。


「ああ、こんなことならヒューバードさんに支払ってもらえばよかった。金貨1枚とかはもらいすぎだよな」


 後悔してももう遅い。彼はもう来ないだろう。


 2階には祖父母が保管していたものが収納されているけれど、この世界でどのくらいの価値があるだろう。元々そんなに物を貯め込む人たちではないようだったので、値打ちのある物は数える程度しかないように思う。

 湯飲みとかどこに飾る予定だったのかわからない掛け軸とか、そういうのがいくつかあるだけだ。長年贔屓にしてもらっていたお客さんからもらった、そんな話は聞いたことがある。


「シャンプーとかの消耗品ってあるのかな」


 電気や水は魔力で補充されるが、こういう人間用の消耗品は補充されないし、カタログにもない。

 カタログはクリーニング関係の資材や溶剤や専用機、蛍光灯やハンガーやステッカーなどの店の維持に関わる品物に限定されており、人間用の物は一切ない。この世界のお店で買うしかないか。なんとなく日本にもありそうな商品はいくつかありそうだなと、ハンスさんと店を見た時に思ったことだった。


 「珍しいもんがあったら買い取ってやるぞ」とカールさんは言ってくれたので、さっそく明日にでもカールさんを訊ねることにしようと思う。


 その後は借りたままのローブを一度クリーニングをして柔らかな仕上がりにした。これで臭いも気にならないし、多少見た目が綺麗になった気がする。

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