第4話 スキルはクリーニング店召喚!?

「つまり、何か? 君は違うところに住んでいて、今朝起きたらあの場所に家を建てていたと? 冗談ではなく?」


 男の人はハンスさんと言って、最初の強い口調に反して粘り強く話を聞いてくれた。

 ハンスさんは何もなかった土地に店が建っていたので近所の人から調査してくれと依頼を受けた人だった。


 私が連れてこられた場所は集会所のようなところであり、多くの人で賑わっていたのだが、別の部屋に案内をされて、事情を詳しく訊かれた。ここは警察署だろうか?


「冗談ならいいんですが、夢ではないんですよね、これは?」


「夢ではないな。そうか、もしや道を渡ってきたのか?」


「道?」


 何かの宗教だろうか。ハンスさんは一緒に真剣に悩んでくれているから場を和ませるための冗談を言っている感じには見えない。


「ああ、この世界とは違う世界からやってくる人間がいてな、『落ち人』とか『渡り』とかいう風に私たちは呼んでいる。過去に何人か事例があってなあ。着ているものも考え方も所持品も何もかもが違う世界からやってきた人間だ」


 そう言ってハンスさんは再度私をまじまじと見てきた。この人は何を言っているんだろう。そんなことが現実に起こりうると言うのだろうか。

 道すがら見かけた人たちの格好と比べると、今の私の格好は店用エプロンを身につけたままであるし、Tシャツにジーンズにサンダルである。物珍しい姿だろうな。


「その、道を歩いたという記憶は私にはありません。その人たちは今は生きていないんですか?」


「さあな、どこかには生きている人間はいるかもしれん。ただ、子孫はいる。そうだな、この国では長らく出現したことは聞いていないな。私が知らないだけかもしれないが……」


 夢ではなく、違う世界にやって来た? しかもクリーニング店と一緒に?

 夢なら覚めてほしいが、その気配は全くない。


「私、これからどうなるんでしょうか?」


 昨夜自分が考えていたことと同じ問いをハンスさんに向けた。もしハンスさんの言うことが本当なら、言葉通り天涯孤独の身である。生活するにも苦労しかない。


「ふむ、そうだな。そういう人間は特殊なスキルが発現することが多いと聞いているが……ちょっと付いて来てもらえるか?」


 ハンスさんはそう言うと一枚のマントのような、ローブのようなものを渡した。ちょっと臭かったが、背に腹は替えられない。周りの人々から奇異の目で見られることを回避するためだ。これを一度持って帰ってクリーニングしたいものだ。


 ハンスさんに連れて行かれた場所は、集会所の隣の建物で、ここも広い店だ。受付があって、何人かが並んでいる。

 誰も並んでいない受付のところに行ってハンスさんが話しかけた。


「すまん、俺が来たとカールさんに伝えてもらえるか? 急ぎで、頼む」


「了解しました。それでは別室にご案内いたします」


 受付の人に案内されると、応接室のような場所に連れて行かれた。間もなくして、50歳くらいの男性が現れた。


「ハンスか。なんだ、緊急の用件なんかあったか」


「いえ、そうではありませんが、緊急といえば緊急か」


 ハンスさんが私の顔を見てつぶやいた。

 それからその男性、カールさんという人にこの半日で自分の身に起きたことを漏らさずに話をした。ヒューバードさんの名前を出すのはやめておいた。カールさんはハンスさんと同じような表情になった。


「まさか、本当にそんな人間にお目にかかれるとはなあ」


 珍獣でも見ている顔つきである。何というか、動物園の檻に入れられた気分だ。


「カールさんもそういう人は見たことはないんですか?」


「ああ、噂でしか聞いたことのないことだ。昔はいたらしいな。まあ子孫なんかは見たことあるぞ。変わったスキル持ちが多かったな」


 ますます自分の今後が心配になってきた。

 ちょっと待ってな、と言ってカールさんが別の場所に行って戻ってきた。水晶玉らしきものとカードらしきものを持っている。


「このカードを手に持って、それから水晶に手を当ててもらえるか?」


「わかりました」


 無地のカードを手にして水晶玉に触れた。ひんやりとした。

 ピコンと音が鳴って、カードが一瞬だけ光った。



【カミジョウ・チカ 24才】



 カードに私の名前と年齢が映し出されて、他にも何やらかの情報が書かれてある。いろんな数値なども書いてある。なんだこの便利な道具は。しかも個人情報を思いっきり抜かれている。


「24才!?」


 ハンスさんが驚いている。


「老けて見えますかね?」


「いやいや、逆だ。若く見える」


 それはお世辞でもありがたいが、この世界で若く見えたからといって何ができるだろう。


「ちょっと見せてもらえるか?」


 カールさんにカードを手渡すと、カードの情報を見ている。

 あ、これって大切な個人情報?と思ったけど、もうここまで来たらそんなことを気にしている場合ではない。


「まあステータスの数値は酷いな」


「あ、やっぱりですか」


 攻撃力とか防御力とかそういう数値だ。筋力とか打たれ強さってことなんだろうな。標準がわからないけど、カールさんが言うのならそうなんだろう。ただ、唯一魔力は多い方のようだ。


「ほう、こりゃ珍しいな。空間系のスキルだ」


「空間系のスキル?」


 ヘビーモスと言い、これも初めて聞く言葉だ。


「ああ、専門職の場合、こういうスキル持ちの人間がいるが、わりと稀な方だな。数千人に一人くらいだ。宿屋とか鍛冶屋とか、料理屋なんてのもある。お前さんには他にもスキルがあるが、ちょっと上手く読み取れないな。これは時間がかかるか」


「すみません、そもそもスキルというのがよくわからないんですけど……」


 カールさんの説明によれば、スキルというのは早く走れるとか高く飛べるとか、通常の身体能力以上のことができる技のことのようだ。それ以外にも水や光を出せるものもある。魔法みたいなものかな。

 【健康】なんていうスキルがあって、何かが飛び出てくることはなくて、常時発動している平和なスキルもあるということだ。生涯にわたって無病息災ってことなんだろう。それは羨ましいスキルだ。


「だがな、お前さんのは空間を管理できるスキルだ」


「空間ですか?」


「その建物自体がお前さんが生み出したものだ。おそらく、出し入れが可能だ」


「私が望めば店が出たり消えたりするということですか?」


「ああ、そうだ。ここからだと距離があるが、建物の近くに行けばスキルの及ぶ範囲に入るだろうさ」


 私の場合そのスキルの一つが空間系スキルで、読み取れなくて文字化けしているのも何らかのスキルらしい。いずれ判明するようだ。

 それはなんというか、スキルというか魔法に近いけれど、どちらも同じようなものか。

 私は違う世界にやってきて謎のスキルを獲得してしまった。

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