第31話 スライム洗浄

 ラーメン屋を出ると、すぐ近くにある鍛冶屋と宿屋に目が留まった。鍛冶屋を覗くと職人さんが作業をしていたので話しかけることはできなかった。ここも誰かの子孫なのかな。


 もう一つの宿屋には17、8才くらいの女の子が一人で仕切っているようだった。ちょうど店前で斡旋をしていたところ、声をかけられた。


「お姉さん、今夜の宿はお決まりですか? うちは安く泊まれますよ、風呂・シャワー付きです」


「あ、私には戻る家がありますので、大丈夫です」


「もしかして外れにある建物ですか? いやあ、同じスキル持ち同士仲良くしましょう」


 急速に距離を詰めてくる子だ。接客に向いているんだろうな。

 それから立ち話をしていた。少女はシリルちゃんという子で、スキル『宿屋』を持っているようだ。入り口から中を覗くと、奥行きがある。外観と内部の空間が一致していないようなのだが、空間拡張を行ったのだという。


「なるほど、空間拡張ってこういうことなのか」


「私も初めて使った時は驚いたよ。お金貯めるのは結構苦労したけど、多くのお客さんを呼び込めるから、こんな場所だとがっぽがっぽだよ。まあ魔力の消費が激しいんだけどね」


 シリルちゃんもお金を儲けるのに苦労をしているようだ。普通の部屋から、カプセルホテルのようなものもあるという。全体的には民泊と言った感じかな。


 ご先祖様は測量士だったらしくて、この世界の測量技術に貢献した人だ。世界地図があるのもこのご先祖様の知識や技術を受け継いだ人たちが長い年月をかけて作り上げたんだって。

 そういう仕事の影響でいろいろな場所に行く、生涯バックパッカーみたいな人のようだが、シリルちゃんにはこうした性格がスキルに微妙に引き継がれているということになるのかな。


 風呂やシャワー以外にも水洗トイレや簡易キッチンがあるらしい。


 毎回シーツなどは替えているし、定期的に清掃も行っている。良い心がけだ。従業員も2人いて、3人でこの移動宿屋を経営しているようだ。


「清掃は大変だよね。毎日が戦争みたいだね」


「そうそう。血まみれで帰ってくる人がいて、シーツに汚れが移った場合は本当に勘弁してほしいよ」


 ダンジョンに潜るとかなり汚れるらしくて、返り血だって浴びるようだ。シリルちゃんの苦労がしのばれる。


「姉ちゃん、終わったよ」


 小学生くらいの男の子が仕事の報告をしにやってきた。後ろにはプニプニとした物体がある。ああ、これってもしかして。


「これがスライムか!」


「ん、なんだよ。文句あるのか?」


「いや、そうじゃないけど」


 妙に突っかかってくる子だな。それだけを言って宿の中に入っていった。


「ああ、ごめんね。弟のやつ、最近ずっと機嫌が悪いんだよ」


「どうして? 何かあったの?」


 弟はロウくんと言って、12才らしいのだけど、彼にもスキルが備わっている。

 スライムテイムというスライムという種族の魔物を仲間にすることができるようだ。

 それぞれ赤、青、緑のスライムはレッド、ブルー、グリーンと名付けられたスライムである。バレーボールくらいの大きさだろうか。


 実は強力な消化液があるけれど、討伐自体は簡単で、動きもそんなに速くない。だから、一緒に戦うという力は期待ができない。

 その結果、スライム洗浄に活路を見出した人が、この世界でスライムで汚れを取る仕事を作りだしたが、評判はこれまで聞いてきたとおりである。


「だからね、スライムを引き連れているのを見た人が『役立たず』とか『使えねえスキルだ』って弟に言ってるらしいんだよ。私はスライム好きだよ。こっちの話している言葉を理解しているようだから、賢いんじゃないかな」


「酷い言い方だよ。スキルだって使い方次第でいくらでも応用が可能なんだし」


 スライム洗浄には否定的だったけど、こういう実態があるのなら話は別だ。

 実際に汚れを取ることだってできている報告だってある。スライムに知性があるのなら、そういうのも学習させることができる可能性はあるんじゃないだろうか。

 そのことを私の仕事内容とともにシリルちゃんに伝えた。


「ロウにも専門的な人に学ばせる方がいいのかもしれない。良かったらお願いできる?」


「うん、いいよ。ここにいてもすることはあまり変わらないし、私もスライムにはちょっとだけ興味があったからね」


 私のライバルがスライムだ。どういう能力なのかを徹底的に調べたいのが本音である。




 翌日、早速シリルちゃんはロウくんを私のお店にやってこさせた。シリルちゃんも弟のことを案じているからだったんだろうな。


「なんだよ、どうせ俺たちを馬鹿にしてるんだろ」


「君もそのスライムたちの力を発揮させたくないの? スライム洗浄について詳しく知ることはロウくん自身の成長にもつながるんだよ」


 まあ、こういうのは想定内だ。たぶん、自信を失っているところもあるのだと思う。こういうのは成功体験がないとなかなか立ち直れないだろうな。


「えっと、レッド、ブルー、グリーンだったね。君たちにはこれからいろいろな汚れをとってもらいます。言葉はわかる?」


 3体のスライムはぷにぷにっと縦長に形を変えている。「わかるって意味だ」とロウくんが教えてくれた。なるほど、こうなるとイエスの意味なのか。


「君たちには汚れをとってもらうけど、みんな同じ能力なの?」


 今度は横に長くなった。「違うってことだ」と教えてくれた。

 ふむ、まずは検証だ。同じ布地に同じ水溶性の汚れ、油溶性の汚れ、不溶性の汚れをつけたものを用意して、それぞれを綺麗にさせることにした。


「この汚れていない部分の色になるように、汚れをとってみて。失敗しても別に怒りはしないから安心してね」


 縦長にぷにぷにっと反応する。この反応は見ていてかわいらしい。


 こんな形で検証をしていったのだけど、結論から言えばグリーンは油溶性の汚れ、ブルーは水溶性の汚れに強いことが判明した。これはほぼ完璧に近い。


「レッドはどんな汚れを落とすのが得意なの?」


「どうかな。よくわかんねえ。ただ、布が温かくなることはあったかな」


 あまりそういうのがわからずに、それぞれに洗浄させていたようだ。


「布が温かくなる、か」


 図鑑でスライムのことを調べた時に、溶かすだけではなく体温を上げるスライムがいて、それが赤いスライムだった。レッドは水溶性と油溶性の汚れも洗浄しているけど、その効果は他のスライムに比べて半分程度である。

 レッドが体内に吸い込んだ布に触れると確かに温かい。アイロンのような機能として考えてみてもいいか。


 それからは、ロウくんも一緒になって、汚れのパターンとそれをどう処理をするのかについて説明をした。最初は話を聞いているだけだったが、次第にメモを取るようになっていった。


「前に魔物の返り血が落ちなかったって報告をシリルちゃんから聞いたけど、その処理をしたのはレッドだったんだよね?」


 レッドがぷにぷにっと返事をする。


「魔物の血も人の血もその中に含まれている成分は温度が高いと固まってしまうものがあるの。だから、返り血を処理する時にはレッドはやめた方がよくて、できれば早い内に水洗いをする。ブルーが請け負った方がいいかな。早さが命なんですぐに処理しないと血が酸化といって別の変化を起こしてしまうんだよ」


「だから汚れが落ちなかったのか」


 実際にクレームがあったらしくて、その時は優しい冒険者だったらしくて「まあこんな汚れは日常茶飯事だから」と言ってくれたというが、ずっと気に掛かっていたことのようだった。


「どんな汚れでも落とせると考えてはいけなくて、絶対に無理なものだってある。そういうのを断ることができるのもとても大切なことだよ」


 ロウくんに言いながら、自分のことは棚に上げているなあと思ってしまう。


 こうして数日の間レクチャーしていたら、ハンナさんたちが戻って来た。


「たっだいまー、まずはシャワーだ。私から入るよ」


 ハンナさんがすぐに2階に行ってシャワーを浴びに行った。みんな返り血などを浴びている。


「スライムですか? なんだかかわいらしいですね」


 ルーベルくんが座り込んでスライムをつんつんしている。

 みんなにはロウくんを紹介して、今スライム洗浄の効果を検証しているところなのだと伝えた。


「ミリムちゃんが特に血が酷いね」


「ああ、接近して殴っていたらこうなってしまった」


 顔にも血が付いている。猟奇的な少女みたいだ。店の外にはホースで水を出せるけど、今は秋だ。みんなにぶっかけてしまっては風邪を引いてしまう。


「そうだ、ちょっと付き合ってもらえる? ブルー、出番だよ。血を落としてごらん」


「お嬢様になんてことを!」


 キースくんが立ちふさがった。それをミリムちゃんが手で押しのけた。


「いいさ。何らかの確信があってのことだろう。好きにしろ」


 その言葉を聞くとブルーがミリムちゃんの衣服に絡みついて、どんどん血の汚れを消していった。おそらく消化というよりは吸収して養分にしている、そういうことらしいのだけど、スライムも素材として見た時には不思議な生き物だなと思う。


 10秒足らずでミリムちゃんの服の血の痕が消えた。おそらく血が付いてから長いものでも3、4日だから、このくらいだとブルーで処理ができるようだ。他にも汗なども綺麗にしたと思う。

 次にグリーンがしがみついて油溶性の汚れをとり、最後にレッドが熱とともに圧力を上げて仕上げをしていった。こうして血液の汚れは綺麗になり、皺もとれていった。


「これがこの3体のスライムの合わせ技ですね」


「返り血を浴びた時にチカさんの顔が浮かんでしまってな。ああどうしようかと思ってたところだ。君たちは随分と素晴らしい能力を持っているんだな、感謝する」


 3体のスライムにミリムちゃんが御礼を言うとぷにぷにっと喜ぶ仕草をしている。


「ね、ロウくん。こういう風に段階を重ねていくとこの子たちも力が発揮できるんだよ」


「そうか……。俺が間違っていたのか」


「まあ、これも勉強だよ。洗浄する仕事に終わりはないからね」


 こうして、適切なスライム洗浄を学んだロウくんは、次の日から主に宿屋に泊まる冒険者向けに洗浄の仕事をするようになった。シーツや床などもスライムで汚れをとっている。まだこなれてなくて私に相談をすることもあったけど、汚れがどういう汚れとして分類ができるのか、これは経験だな。


 ただ、やっぱり時間の経った不溶性の汚れに関しては効果が薄い。砂や泥などは粒が大きいから取れるけれど、さらに細かいものになると手が出せない。

 おそらく、繊維の奥に入りこんだ汚れの場所までスライムが入りこんでいけないことに起因しているようで、こればかりは限界があるので、その旨を受け付ける時にきちんと説明するようにとロウくんには伝えた。基本的にごしごしとするのは良くないけど、この場合は石けんを塗ってごしごしとすると落とせることもある。


 あとは繊維自体が化学変化を起こした場合もそうで、漂白剤などを用いたり色修正をする必要があるわけで、こういうのは私の仕事になるだろうということも言った。何にせよ、無理はしないということが一番大切なことだ。


 ロウくんのスライム洗浄は最初は敬遠していたけどその効果がはっきりとわかると周りの冒険者たちにも話題となって、徐々に固定客がつくようになっていった。

 人間の身体だって洗浄できそうな気もするけど、まあ危険性があるのでそれはしないとロウくんが言った。


 グリーンは魔物を斬った時に付いた脂を吸収していたし、ラーメン屋でも油のこびりついた床なども綺麗にしていった。「定期的にお願いね」とメノウさんに依頼を受けたそうだ。レッドで床を温めてからグリーンが吸収するのもいいかもしれない。


 無尽蔵に汚れを吸収するわけではなくて、スライムには一日の限界吸収量、限界消化量というものがあって、フルに働き続けることは難しい。けれど、30、40人くらいなら特に問題もないのでなんとか回せているようだ。



 敵に塩を送る感じもあったけれど、私とは別の方法でクリーニングができるというのならこれほどの喜びもない。他の国で行われているスライム洗浄の方法も変わってくれるといいなと思う。


「さて、私は私の仕事をしますか」


 ちょうど衣類の回収がダンジョン近くで行われていたので、それらを回収してからクリーニングをしていった。初めての素材もあり、精巧なデザインのアクセサリーなんかもあって心が躍ったものだ。

 この時にピコンと頭の中で音がして、スキルレベルが上がったのだった。

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