第38話 またきてください

「ヒューバードさんですよね?」


「ああ、そうだよ。ところでどの衣類に【飛行】がついてるの?」


 こんな状況で何の冗談だろうか。いや、ヒューバードさんは冗談は言わない人だったっけ。


「そんなのはついていないはずです。このケープには【飛行】効果がありましたが、残存回数0でしたし」


「了解。そのケープだね。ちょっとだけ我慢しててよ!」


 そう言うと、ヒューバードさんがケープに腕を回してきた。密着し過ぎだと思っていたら、自分では操縦できなかったけど、宙を自由に飛び回るようになった。

 こうして無事に崖のところまで舞い戻った時には、懐かしい顔を見かけることになった。


「ハンナさん、カシムさん……」


「ごっめんね、遅くなっちゃったよ。怖い思いさせちゃったね。まさかこんなことになってるとは思わなくてさ」


 結構衣類が汚れていて、抱きしめるということはしなかったけど、ハンナさんたちがあの潰し屋たちの大半をすでに気絶させていた。


「すまない。異変を感じてすぐに向かったんだが……」


「いえ、私の方こそありがとうございました」


 ルーベルくんが私の方にやってきて、魔法を使った。確か回復魔法だったかな。


「あれ、チカさん、一つも怪我をしていないんですか?」


「うん、なんだろう、確かに斬られたはずだったんだけどね」


 潰し屋の一人が私を斬ったはずだ。もしかして寸止めだったんだろうか。砂や泥で汚れたところはあるけれど、傷自体はない。


「まあ、なんだっていい。こいつらを裁く必要がある」


 ミリムちゃんが潰し屋たちを見下ろしてから言った。あの時ミリムちゃんたちを騙した人たちだ。


「なんのことだ。俺たちはその女性の鞄を拾って届けただけだ」


「なっ、白々しい嘘をつかないでください!」


 リーダーの男がふてぶてしい態度をとっている。気絶から目覚めた他の人たちも同じだ。


「面倒くさいんで、もうこのまま川に突き飛ばしたんで、いいんじゃない?」


 ハンナさんが恐ろしいことを言う。でも、私もそっちの方がいいような気がしてきた。


「証拠がないからな。証人だっていない。勝手にその女が騒ぎ出して崖を飛んだんだ。俺たちには何の罪もないぞ。それにな、俺たちには後ろに偉い方がついているんだ」


 さる貴族や大商人がいる、そんなことを匂わせてきた。この人達の犯罪をもみ消した人たちがいる。暗澹たる気持ちになる。


「わかったら、さっさとこの縄を解きやがれ!」


 ハンナさんとミリムちゃんから殺気を感じる。痛めつけることはあってもいいけど、さすがに人殺しはまずいって。

 

 

『ちっ、このアマ、ふざけやがって。もういい、ここで死ね』



 その場に、どこかで聞いたことのある言葉が聞こえてきた。鞄からスペンサー草を出した直後の会話だ。



『なんだ、刃が通らねえ。くそ、スキル持ちか』



 これもそうだ。つい先ほどの会話だ。


「ここまで言っておきながら、無実とはいかないでしょうね」


「なんだお前は!」


 私たちの前に現れたのはなんとアルバートさんだった。紳士服にあの特徴的なシルクハットをつけて歩いてきた。夜なので闇と重なる格好だ。


 アルバートさんの胸の前には画面がある。それこそパソコンとかテレビの画面だ。

 そして、映像が映し出された。これはつい先ほどの映像だ。また同じ言葉が映像とともに再現されている。


「そうか、彼は特殊裁判官か」


 カシムさんが不思議な言葉を言った。私が疑問に思っていたことへの解説をしてくれた。


「特殊裁判官というのは中立的な立場で、国を越えて犯罪者たちを裁く権限がある人間でな。高位貴族すらその対象になりうるんだ。その中でもあのような映像と音声を記録するスキルがあるというのは有名な話だ。スキルに記録された全てのものは偽りではないことが明らかになっているから、証拠としては確乎たるものであり、覆すことはできない」


 アルバートさんは紳士服を身に纏った有能なカメラマンであり裁判官であるということだ。

 カシムさんが2階のテレビで映像を見てもそこまで驚いた反応がなかったのは、こういうスキルを目にしたことがあったからなんだろう。テレビの映像にはフェイクがあるけどね。


「今の説明は聞こえたでしょう? あなたたちは僕からはもう逃れられないんですよ」


「くくく、だが、俺たちには……」


 リーダーはまだ余裕のあるそぶりを見せている。けれど、アルバートさんの態度は変わらない。


「ふふ、あなたたちを援助している人たちは先日一網打尽にしました。ミネルヴァさんという大貴族もすでに失脚していますよ。結構余罪がありますからね。それにしてもあなたたちも随分と非道なことを行ったようですね。もう逃げることはできません。一生檻から出てこられませんよ」


 アルバートさんが事実を言った。本当に裁く権限があるらしい。


「一同の者、神妙にお縄につけ!」


 いったいいつの時代の言葉だろう。ミリムちゃんが絶対に時代劇の影響を受けたらしい台詞を言った。

 潰し屋たちは全員捕縛された。抵抗しているリーダーには、キースくんが腹部に一発パンチを浴びせた。まあ、このくらいの痛みは味わってもらわないといけない。私を踏んづけたい気持ちだ。


「アルバートさん、ありがとうございます」


「言ったでしょ、掃除をするお仕事だって。これが僕の仕事なんだよ」


 なるほど、そういう意味のお掃除だったのか。映像の力は強いからなあ。言い逃れができないところまで追い込むということなんだろうな。


「アルバートさんはあの人たちに目を付けていたんですか?」


「うん、もうちょっと証拠を集めたくてね、ごめんね、危険な目に遭わせちゃって。命の危険はないかなと思ったけど、僕の失態だよ。さすがにあそこで飛ぶとは思わなかったよ」


 私は本当に飛べるとは思わなかったよ。ケープの【飛行】が残ってて良かった。


「決定的な証拠を見つけなければならないというのは理解できます。でも、なんで私に命の危険がないってわかるんです?」


「だって、チカちゃん、【物理無効】の効果のある装備品を身につけてるでしょ? 前に握手をした時に確信したよ。他にもいくつかありそうだ」


「どういうことですか? もう【物理無効】はないはずですけど」


 不思議なことを言う。この腕輪に【物理効果】があるとでもいうんだろうか。だって、残ってたらそんな貴重な効果、1回だって無駄にできないはずだ。


「あれ、やっぱりまだ気づいてなかったの?」


「何のことですか?」


「うーん、それについてはこのヒューバードくんにでも事情を聞くといいよ。君をずっと探していたらしいからね」


「ヒューバードさんが、ですか?」


 私の横にずっと立っているヒューバードさんにウインクをして、アルバートさんは潰し屋たちをどこかへ運んでいった。これで本当に潰し屋は一掃されていなくなった。アルバートさんは密かに仲間を呼んでいたらしく、潰し屋はみな裁かれる場所に向かっていくのだそうだ。



「落ち着きましたか?」


「はい、ヒューバードさんこそ、ありがとうございます」


 それからヒューバードさんたちと一緒に店に戻っていった。ヒューバードさんは一定の距離をずっと保ったまま横についてくれていた。

 みんなはシャワーを浴びてから身体を綺麗にして、ヒューバードさんの説明を聞いた。




「えっ、それって何かの冗談ではなく?」


「本当に、あなたが『くりーにんぐ』をしたものは残存回数が回復するんです」


 そんな馬鹿なことがあるか、と思いながら、これまでのことを思い返していた。

 先ほどのアルバートさんの会話は、ああ、仕上がったクリーニングを渡した日の握手か。やっぱり、アルバートさんが握手をする時に力を込めていたようだ。腕輪にはその効果がある。

 ハッバーナの町で野球ボールくらいの石をぶつけられても傷みもなく血もなかったのは、もうその時から私は強力なお守りをもっていたということになる。



「やっぱりそうでしたか」


「知ってたの? ルーベルくん」


「うーん、確定ではなかったんですよ。僕も鑑定具で確認することはなかったんですけど、どう考えても全ての鞄の【収納】効果が残っているのは、怪しいというか、そういう可能性があるのかなとは思っていました。魔力も感じてましたからね」


 なんだ、だったら早く言ってほしかったよ。

 ルーベルくんは気を回していて、理由はわからないが私があえてそういう風に装っていると考えていて、調べるのもちょっと怖かったようだ。だから、他の人たちには言わなかった。


「俺たちもダンジョン内でそのことに気づいたところがあるんだ」


 カシムさんが言った。ダンジョンは攻略できたようだ。


「ダンジョン内ですか?」


「ああ、ミリムの武器がな」


「ミリムちゃんの?」


 ミリムちゃんに視線を移すと説明をしてくれた。


「ダンジョン内でかなり厄介な魔物がいてな、ちょっと私たちだけではどうにもならなかったんだ。でも、私が念じて必殺技を仕掛けた時に、このグローブの力が発揮されて、魔物を退治することができた。たぶん、このグローブに付与されている効果が回復したと考える方が自然だった。実際、放出系の発光体が出たり、素早さも何段階か上がってしまったからな」


 そういうこともあって、みんなはダンジョンの最深部まで行くことができて、攻略を無事に終えることができたようだった。

 キースくんの鞘にもチャージタイプの効果が回復していて、魔物を瞬時に退治することができたようだ。「この短刀もですが、鞘の力にも驚かされました」とキースくんが言っていた。



「そっか。っていうことは、私のこの能力ってかなり危ないんじゃないの?」


「そう。だから、急いで駆けつけたんですよ。でも、本当に間に合って良かった」


 ヒューバードさんが安堵している。そっか、あの日からヒューバードさんにはいろいろと迷惑をかけてしまっていたようだ。


 その日はゴボスさんとケージくんも戻って来て、本当に大所帯になって宴会をした。場所があれだったので、ラーメン屋のラオウさんのところで開くことになった。


「ここは俺が全部持ちます」


 ヒューバードさんが金貨をラオウさんに見せると、奥さんのメノウさんと娘のアリアちゃんが「どうぞどうぞ」と、店を借り切った。

 マントには【幸運】という効果があって、魔物の宝なんかも獲得できて、ヒューバードさんは今懐がほくほくのようだ。

 私がスペンサー草を発見できたのも、どうやら私が身につけている衣類の効果によるところがあるらしい。なんだかラッキーと思っていたのは真実だったようだ。



 翌日からはダンジョンも踏破されたこともあって、徐々に人が少なくなっていった。ただ、攻略されてもまだ資源はたくさんあるから、しばらく残ってから稼ぐ人もいるようだ。



 ダンジョン攻略に関しては、みんなは魔法書と呼ばれるスキルを覚えることのできる道具を獲得できたそうだ。他にも魔物の素材や宝箱などを見つけることができて、しばらくは冒険者生活をしなくても済む、そんなことを言っていた。


 カシムさんとミリムちゃんはなおも時代劇のDVDを見続けていた。カシムさんが「成敗!」と言って斬り殺さなくて良かった。


「それじゃあ、僕はこのへんで」


「アルバートさんも、ありがとうございました」


「いやあ、また『クリーニング』をお願いするよ」


 アルバートさんはいろんな場所を移動する人のようだ。犯罪は場所を選ばない、ということだ。

 

 数日後にはゴボスさんとケージくんの馬車でミリーフの町に戻ることになっている。

 ミリムちゃんとキースくんはわりとラーメンが好きのようで、毎日何かしらの中華料理を食べているようだ。


 一方、私はというと、ヒューバードさんのマントを改めてクリーニングをしていた。

 初めてヘビーモスのマントをクリーニングしてから数か月、まだ設備が十分に整っていないけれど、今の段階でできることを全てやった。

 この人のために集めてきた情報、それは図書館での調べ物や、ヨークさんたち職人のアドバイスもあって、あの時よりも汚れも綺麗に除去することができた。

 

 ヘビーモスの革のマントをヒューバードさんに渡す日がやってきた。


「これからはずっとこのマントを羽織れるのは嬉しいです」


「本当にお似合いですよ」


 光に煌めくヘビーモスの革のマントは、あの時よりも輝いている。


「あの、俺のマントの御礼に是非受け取ってほしいものがあるんです」


 贈答用に紙に包まれて青いリボンまで付いているものをヒューバードさんが取り出してきた。


「そんな、こちらこそ助けられました」


「いえ、これは俺の気持ちです」


 ヒューバードさんが受け取れ受け取れと圧を込めてくる。まあ、確かにお代はいただいていなかったから、こういう形でいただくのも悪くないか。手間もかなりかかったからね。


「それではお言葉に甘えますね」


 それを開けずに手前に置くと、ヒューバードさんはなんだかがっかりしたようだ。

 あ、もしかして今すぐにここで開封しろってことなのかなと思って、再度手に取って開ける仕草をすると、ぱっと明るい表情になった。この人は最初からこういう反応をする人だなと懐かしく思えた。


 何だろうと思いながら箱を開けた。


「これは……、もしかして鑑定具ですか?」


「はい。チカさんにこれから必要なものかなと思って」


 確かに自分のスキルの効果がわかった今では、鑑定具があるとこれから先随分と助けられる。でも、これって紙幣で5枚くらいするものじゃなかったっけ?


「こんな高価なものを」


「いえ、気持ちですし、正直このマントを綺麗にしてくれた御礼としては少ないくらいです。あれから俺も稼げるようになりましたし、今はお金は沢山持ってます」


 ミリーフの町にいる間に購入したそうだ。簡易鑑定具ではなく、もう少し詳しい鑑定ができるようなので、値段もかなり高かったに違いない。

 もう一つ、ヒューバードさんはハンドクリームを渡してくれた。私がどういう職業なのかを知って、薬師のキラクさんの店で買ってきたようだ。こちらの方が気持ちとして嬉しい。


「それじゃあ、またお願いしにきます」


 ヒューバードさんが少し照れながら右手を差し出してきた。その手を両手で優しく触れて言った。


「はい、またきてくださいね」


 そして、「ありがとうございました」と店の前まで出てから礼をする。やっぱり前みたいにこちらの方をちらちらと見てくる。変わらないんだなあ。


「さてと、今日も一日頑張りますか」


 一度は諦めた仕事だったけど、また私はお客様のために焦らず丁寧にクリーニングをしく日々を送ることになった。


 冬の蒼天はいつも見上げていた地球の風景とは違う。

 でも、見える世界が異なっていても私の仕事は変わらないのだ。

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異世界クリーニング師の記録 白バリン @shirobarin

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