第31話 カフェ
ギャラリーを見終わったら、皆で近くのカフェで少しお茶をしようということになった。もはや俺と朱那のデートはどこかへ行ってしまったらしい。
「そんな寂しそうにしなくても大丈夫。解散してから、最後にホテルに行くのは変わらないから」
こそっとそんな耳打ちをされたけれど、俺は元々そんなのを期待していない。まだ時期尚早である。まだっていうことはいずれ行くことになるのかというと、それもよくわからない。とにかく行くつもりはない。
「……ああいうところは、十八歳未満は立ち入り禁止だから」
「じゃあ、十八歳になったらホテル巡りね!」
「なんのこっちゃ……」
そんな会話をしているうちに、『スタリーナイト』という全国展開しているカフェに到着。一階の受付にて、各自でコーヒーやお菓子などを注文。なお、水澄先生が奢ってくれるということはない。特定の生徒にだけ何かを購入するのは、教師として良くないらしい。
注文の品を受け取り、二階のテーブル席に座る。俺と朱那が隣同士で、対面に水澄先生、八草、日向が座る。
一息吐いてから、日向が水澄先生に尋ねる。
「ところで、花染さんって、どういう人なんですか? 女装好き? ただ似合う服を着ているだけ? 自身を女性だと思ている?」
「美砂を見て、そういう候補が出てくるのは立派だよ。美砂の場合、『どちらかというと自分は女性だと思うが、実のところ性別がよくわからない』という状況らしい」
「よくわからない……ですか。LGBTQの、Qってことですかね? クエスチョニング?」
「そのようだね。
具体的な状況としては、男性的なかっこよさを身につけたいという気持ちはゼロで、女性的な綺麗さを追求したいと思う。
恋愛対象は概ね女性なのに、たまに男性にも惹かれることがある。
女性として生まれれば良かったと思う一方で、男性だからこそ女性を魅力的に描けるとも思っているから、男性としての体も悪くないのかもしれない……。
こんな風に、なかなか複雑なのだよ」
「へぇ……。男性とも女性ともつかない、微妙なところにいる人なんですね……」
「そういうこと。男か女かに振り分けたがる一般社会では生きづらい面もあるだろう。が、そういう枠組みから外れることに意味を持つアート界隈では、むしろその曖昧さが強い武器にもなる」
「けど、わかります。自分を男か女かの二択で決めたくない感じ。
わたしも、ネット上では男子のふりをすることがあって、それが女子でいることよりしっくりくることもあります。もしかして自分って男子に向いてるのかも? ってなるんですよ」
「そういう子は、美砂とも気が合うだろう。できれば仲良くしてやってほしいところだね」
「はい……。そうですね。わたしとしては、友達になってみたいです」
「うん。……美砂も、あれで昔は結構鬱屈した奴だったんだ。自分の曖昧さをきちんと理解し、受け入れてくれる人がいなくて。私からすれば何が理解しがたいのかわからないが、わからない人にはわからないものらしい」
「みたいですね。わからない人には、どうしてもわからない……」
水澄先生と日向が神妙な顔をしているところで、朱那が尋ねる。
「花染さんと水澄先生って、付き合ってるんですか?」
いきなり何を? と俺はびっくりするが、八草と日向は平然としている。
「付き合ってる感じではないですけど、何か特別な関係には見えましたね」
「ですです。どういう関係なんですか?」
……ふぅん。皆は、そういう風に見えていたのか。俺、普通に友達だと思っていた。
「好きだ、と告白されたことはあるけど、ただの少し歳の離れた友人さ。まぁ、今でもその気持ちを忘れ去ったわけではないらしいね。
しかし、今後も私は美砂と恋人関係になるつもりはない。恋人なんて枠に押し込めたい相手ではないんだ」
なるほどー、と女子三人が納得。しかし……うーん、水澄先生の言葉の意味がわかるようなわからないような……。俺にはまだ経験が足りない、のかな。
花染の話題が終わり、朱那がまた別のことを水澄先生に尋ねる。
「わたし、世界一有名なヌードモデルになろう、ってシンプルに考えてたんです。でも、色んなアート作品を見てたら、自分でももっと何かできることないかなって思うようにもなってるんです。
けど、わたしは別に絵が上手いわけでもなくて、そもそも絵を描きたいって強い気持ちがあるわけでもなくて……。何か、わたしにできそうなことってありませんか?」
「ヌードと言っても色々な表現がある。必ずしも絵を描く必要はない。
単純に写真を撮るのも一つの手。現行、ヌード写真というと主に男性が見て喜ぶような写真と捉えられている。性的な魅力が強調され、女性的な美しさを求められる。
しかし、まだ少数だけど、女性むけのヌード写真というのも出てきている。性的な魅力をどうこうではなく、女性のありのままの魅力を表現しようという感じでね。例としては、そうだね、
朱那が早速スマホで検索し、ほうほう、と頷く。なお、画面は俺にも見せてくれている。
「男性向けとは全然違う雰囲気の写真みたいですね」
「ああ、そうだ。
そして、男性視点ではないヌード表現を追求するのも、華月さんだからこそできることの一つ。
他にも、
これも朱那が検索。様々な色の絵の具を全身に纏い、強烈な存在感を放つ女性の写真が出てきた。
「わぁ、これはなかなかの異形っぷりですね」
「うん。もちろん、ただ絵の具を体に塗りたくるだけでは、アートとしては物足りない。そこに何かしらの意味を込めることで、一つのアートとしてより洗練される。新宅加奈子さんの場合にも、自分の生を実感する一つの手段、と言った何かがある」
「なるほど……」
「ついでにもう一人。
水玉表現で有名な草間彌生さんも、昔はヌード表現に力をいれていたことがあるらしい。自身の体に水玉模様を描いた写真なんかが検索すると出てくる。白黒写真だから、当時の様子はいまいちわからないかもしれないがね」
「へぇ、そうなんですか? 水玉のイメージしかなかったですけど、他にも色々なアートに関わっているんですね」
「ああ、そうさ。まぁ、彼女について簡単に説明するのは難しいから、気になったら調べてみてくれたまえよ」
はーい、と朱那が返事をして、続けて問いかける。
「ちなみにですけど、そもそも、現代アートってなんなんですかね? 定義というか、イメージというか? そういうの、いまいちわからなくて」
「そこも、日本人には浸透していないものだね。
現代アートの定義というのも難しいが、一つには、『社会や美術への問題提起、あるいはメッセージや物語性のある作品』と表現されるらしい。ただ強烈なインパクトがあればいいわけじゃなく、そのアートに何か意味を込める必要がある」
「アートに何か意味を込める、かぁ……」
「華月さんには何ができるのか? 何を真に訴えたいと思えるのか? 色葉君と二人で一つというのなら、二人でよく考えてみるといい」
「……はい」
「とまぁ、私から出せるヒントはこのくらいかと思うが、納得したかい?」
「はい。具体的なイメージは掴めませんけど、何か開けた気がします」
「それは良かった。君たちがこれからどんな道を進むのか……実に楽しみだよ」
五人でのおしゃべりは続き、一時間程はカフェに滞在することとなった。
アートも何も関係ない雑談がメインで、それを聞き流しつつ、俺は、朱那と共にどこに向かうのだろうかとずっと考えていた。
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